研究課題
ヒトiPS細胞由来のII型肺胞上皮細胞については、オルガノイドの状態で継代を繰り返すことにより1年にわたる長期培養も可能となった。一方で、ヒトiPS細胞由来の肺胞上皮細胞をマウスに定着させるためには、生体内で起きている線維芽細胞ニッチとII型肺胞上皮細胞との細胞間相互作用をどのように構築できるかが重要と分かった。その線維芽細胞の役割を明らかにして生体内で再構築できれば、肺胞再生につながる知見が得られるに違いないと考え、H30年度は前年度までの研究ですでに得られていたSFTPC陽性細胞の1細胞レベルでの遺伝子発現解析結果に加え、SFTPC陰性細胞についても1細胞レベルでの解析を実施した。また、II型肺胞上皮細胞の分化誘導とその後の維持に、線維芽細胞ありとなしの場合でどのように遺伝子発現パターンが異なるかをSFPTC陰性細胞も含めて、1細胞レベルで明らかにすることを試みた。これらの過程でヒトiPS細胞由来のII型肺胞上皮細胞をレポーター細胞が無くても単離して継代できる表面抗原が従来無かったので必要と考えて探索を進めたところ、NaPi2b (SLC34A2)の細胞外ドメインを利用すれば、ヒト肺組織だけでなくiPS細胞由来のII型肺胞上皮細胞の単離にも有用なことを証明し、論文として報告した。さらに、肺胞上皮細胞の分化制御機構については、分化する前段階と分化後の状態のエピゲノムレベルでの遺伝子制御状態を明らかにすることが重要と考え、ATAC-seqを実施した。一方、肺胞上皮細胞のがん化リスク評価のために、がん化の初期変化が、II型肺胞上皮細胞の分化状態に及ぼす影響を検出するために、タモキシフェン刺激によりがん化遺伝子を活性化させる仕組みを考案してベクターを設計したが、目的の効果が確認できなかっため、ベクター設計の見直しを進めた。
2: おおむね順調に進展している
ヒトiPS細胞から分化誘導したII型肺胞上皮細胞について、SFTPC陽性・陰性細胞のいずれについても1細胞レベルでの比較可能なデータを取得することができた。また分化制御上の各タイムポイントにおけるエピゲノム制御機構を明らかにするため、ATAC-seqのデータも取得できた。今後はここから得られる知見をヒトiPS細胞由来の肺胞オルガノイドの移植に役立つ知見を得たいと考えている。肺胞オルガノイドのマウスへの移植モデル確立に向けては、従来はII型肺胞上皮細胞を単離可能なSFTPCレポーターiPS細胞を作る必要があったが、NaPi2bが表面抗原として有用なことが分かり、レポーター細胞をいちいち樹立しなくてもiPS細胞由来のII型肺胞上皮細胞を単離し、継代することが可能となった。以上より、概ね順調にすすんでいると判断した。
引き続きヒトiPS細胞由来の定着可能な肺胞オルガノイドの開発に向けて、以下の項目を重点的に進める。① iPS細胞由来肺胞上皮細胞の分化制御機構の解明:2019年度は、iPS細胞由来の肺胞前駆細胞、肺胞オルガノイドへの分化直後、長期培養後の肺胞オルガノイドについて既に得られたトランスクリプトームやATAC-seqのデータのデータを中心に解釈を進め、肺胞オルガノイドの分化制御機構を明らかにしていく。② ヒトiPS細胞由来のII型肺胞上皮細胞の長期培養に必要な条件の解明:フィーダー細胞なしの培養法については条件を振ったものの安定性の面で課題が残されているため、組成を含めたさらなる培養条件の改良を進め、フィーダー細胞ありとなしの違いを明らかにし、肺胞オルガノイドの移植に適した条件を見出したい。③ 分化制御機構の異常と肺がん化プロセスの関連性の解明:ヒトiPS細胞のSFTPCの遺伝子座に、肺がんのdriver geneの1つであるEML4-ALKをノックインすべく試行錯誤したが、導入された細胞をなかなか樹立できず、努力を継続するとともに、別のdriver geneである変異型EGFR遺伝子の導入についても試みる。④ 免疫不全マウスへの移植によるiPS細胞由来II型肺胞上皮細胞の維持機構の解明:トランスクリプトームやATAC-seqなどの結果から得られた知見を元に、II型肺胞上皮細胞のnicheを考慮した肺胞オルガノイドの移植方法の開発を進め、II型肺胞上皮細胞の安定性とがん化リスクについて評価を進める。
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Stem Cell Reports
巻: 12 ページ: 431~440
10.1016/j.stemcr.2019.01.014