肺炎球菌は、健常な小児の口腔から分離される一方で、肺炎や敗血症、細菌性髄膜炎の主な原因菌の一つとして知られている。我々は、肺炎球菌が病態を形成する機構を解明するため、菌体表層に局在するタンパク質群に着目し、分子進化学ならびに分子生物学的手法による解析を行った。 肺炎球菌の全ゲノム情報から、細胞壁に局在すると予測されるタンパク質をコードする30の遺伝子群を選出し、分子進化解析を行った。その結果、自己溶解酵素をコードするlytA、機能未知のコリン結合タンパク質をコードするcbpJ、シアル酸分解酵素をコードするnanA、ならびにβ-ガラクトシダーゼをコードするbgaAの4遺伝子について、10%以上のコドンが負の選択下にあることが示された。これらのうち、病原性に果たす役割が未知であったcbpJとbgaAについて遺伝子欠失株を作製し、マウス感染モデルにて病原性に及ぼす影響を検討した。その結果、それぞれの遺伝子の欠失により肺炎球菌の病原性が減弱することが示唆された。 次に、負の選択下にあるコドンの割合が低いpfbAについて同様の検討を行った。肺炎球菌TIGR4株の野生株とpfbA遺伝子欠失株を用いて好中球殺菌試験を行ったところ、PfbAが好中球による貪食の回避に働き、菌の生存に寄与することが示唆された。また、レポーターアッセイの結果、PfbAがTLR2を介してNF-κBを活性化することが示唆された。しかし、マウス敗血症モデルにおいて、pfbA欠失株感染群は野生株感染群と比較して、有意に高い致死率ならびに血清中のTNF-α量を示した。すなわち、pfbA遺伝子欠失による病原性の増悪が認められた。 過剰な病原性の獲得は、種にとって増殖の場を失うという意味で不利に働く。肺炎球菌は、病原性を増悪させる分子だけでなく減弱させる分子を獲得し、両者の協調作用が種の繁栄につながっている可能性が示された。
|