研究課題/領域番号 |
17H06088
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
重川 秀実 筑波大学, 数理物質系, 教授 (20134489)
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研究分担者 |
長谷川 幸雄 東京大学, 物性研究所, 教授 (80252493)
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研究期間 (年度) |
2017-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 走査トンネル顕微鏡 / 超短パルスレーザー / CEP制御 / サブサイクル時間分解測定 / 極限計測 |
研究実績の概要 |
通常、超短パルスレーザーの各パルス光には何周期かの波が含まれ、それらパルスの位相を現す指標として、パルスのピーク値に対するずれの大きさが用いられCEP(carrier envelope phase)、または絶対位相と呼ばれる。量子光学技術の進展により、最近では、CEPがパルス間で等しく、しかも安定してロックされた光を利用することが可能になった。本プロジェクトは、CEPの直接制御他、量子光学の最先端技術を走査トンネル顕微鏡(STM)と組み合わせ、サブサイクル(電場一周期内)の時間分解能とSTMの空間分解能を併せ持つ新たな極限計測法を開発し、新たな科学領域の開拓を試みるものである。 初年度は、予定より早く、微弱な信号を計測する為の環境を整備して新しいシステムを構築し、まず、本手法実現の為の基盤技術となる探針直下の電場波形を正確に求める方法の開発に成功した。併せて、単一分子のサブサイクル分光を行う準備として、分子を探針と基板の間に挟み高精度で自在に構造を制御しながら伝導特性を測定する手法の開発や、相転移ダイナミックス測定の準備として、THz-STMを用い、1t-TaS2の相転移の~5psの緩和過程を観察することに成功した。 本年度は、これら成果を更に展開し、(1)サブサイクル分光の基本となるサブサイクルパルスのより詳細な形成・制御、(2)STMトンネル電流を用いたパルス波形の評価技術を確立すると伴に、(3)微弱信号を安定して取り出せるよう、レーザー光の繰り返し周波数を上げる改良を行った。同システムを用い、(4)2H-MoTe2の光励起キャリアーダイナミックスの光強度依存性をSTM像と併せて解析する事に成功した。一方、(5)時間分解マルチプローブSTMの開発も進め、TMDSのヘテロ構造の局所ダイナミックス測定に成功した。時間分解マルチプローブSTMシステムは世界初で他に無い。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
2017年度は、(1)励起システムの構築、(2)測定方法の開発、(3)多探針STMの検討、(4)試料の準備と評価、を主な課題として研究を進めた。CEPロックされた広域の高強度励起光が可能なレーザーを導入し、励起システムを完成させた。CEP制御-STMでは探針直下の波形の位相制御が重要で、探針直下の電場波形を正確に定めることが必要不可欠であるが、光電子放出、トンネル電流により探針直下でのTHz波形を精密に測定する方法を開発する事に成功した(特許出願済み)。多探針STM測定の準備としては、装置の安定化させ、WSe2のダイナミックスの時間分解測定を行うことに成功した。 2018年度は、これら成果を基盤としてシステムの整備と併せてサブサイクル時間分解走査トンネル顕微鏡法の実験を開始した。(1)スピン計測まで含めた時間分解測定が表面感度の高い実験である事を示した結果は、PCCPに掲載され表紙を飾った。(2)サブサイクルパルスの形成・制御、(3)2H-MoTe2の光励起キャリアーダイナミックスの光強度依存性をSTM像と併せて解析する事に成功した結果は、それぞれ投稿済みで、後者もACS Photonicsより表紙を依頼されている。(4)STMトンネル電流を用いたパルス波形の評価技術については特許出願済み。(5)世界で初めて成功した時間分解マルチプローブSTMの新システムと実験結果はAPEXに掲載され、(6)新しい変調方法の開発と同手法を用いた新しい時間分解システムもJJAP、APEX掲載されて特許も出願済み。(7)分子制御の結果はNanoscaleのHot Articleに選ばれた。現在、(8)高繰り返し周波数化したシステムを用い、相転移の時間分解イメージング計測を進めると伴に、(9)新変調方法の開発、(10)1ps、30fsパルス光を用いたサブサイクル分光の実験を推進している。
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今後の研究の推進方策 |
2018年度までに、STMギャップ近傍における近接場の直接評価やCEPの精密制御等、課題の基盤技術を確立し、併せて、新しく整備した温度や湿度の揺らぎを抑える高機能クリーンブース(24±0.5℃の温度、50%以下の湿度制御が可能)中に新しいOPCPAレーザー系を設置して、1ps、30fsのモノサイクルTHzパルス光列の形成・制御を可能にする新しいシステムの構築を終えた。多探針STMについても、光スポットの精密な制御を可能にする為のアクティブ除振機構の導入やシステムの改良を終え、スポットトラッキング等により安定化させた励起系と融合することで、世界発の多探針時間分解測定に成功にした。 現在、THz-STMでは、実空間・時間分解イメージング計測を、新OPCPAシステムでは、STMとの融合開発を進めている。イメージングでは成功の決め手となる熱ドリフトの影響を抑えた光励起低温STMを開発し、相転移を対象とする実験を推進中。励起状態の電流―電圧(I-V)特性過渡計測による局所状態密度のダイナミックス評価技術等と合わせて展開していく。新OPCPAシステムでは、単一分子の精密制御と評価を可能にした三次元ダイナミックス測定法に光励起システムを組み込むことで、サブサイクル分光実験を行う。例えば、1psパルスで構造制御された単一分子の電子状態を~10fsのパルスによりサブサイクル分光するが、0.1Åの精度で構造制御し伝導特性を計測する精密制御実験の準備を終えている。低次元試料や相転移を含め、制御された系のダイナミックスをサブサイクル時間分解計測実験の準備を進行中。時間分解多探針STMでは、システムの低温化を図る準備を進めており、5月に設計を済ませ、11月にシステムを完成させる予定。異方性伝導を持つナノ構造や相転移を対象として実験を推進中。 これら計画により世界をリードし本分野を牽引する成果を目指す。
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