研究課題/領域番号 |
17H06096
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
深田 吉孝 東京大学, 大学院医学系研究科(医学部), 名誉教授 (80165258)
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研究分担者 |
饗場 篤 東京大学, 大学院医学系研究科(医学部), 教授 (20271116)
高尾 敏文 大阪大学, 蛋白質研究所, 教授 (10197048)
小島 大輔 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 准教授 (60376530)
清水 貴美子 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 助教 (50451828)
吉種 光 公益財団法人東京都医学総合研究所, 基礎医科学研究分野, 副参事研究員 (70569920)
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研究期間 (年度) |
2017-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | サーカディアンリズム / 翻訳後修飾 / 光入力 / 位相制御 / カルシウムイオン / 温度補償性 / 高次脳機能 / 老化 |
研究実績の概要 |
光同調を担う網膜神経節細胞ipRGCにおいて新たな光シグナル経路の役割を生体内で調べるため、この経路を人為的に駆動する人工リガンド受容体DREADDがipRGC特異的に発現するマウスを作製した。DREADDリガンド投与によりipRGCでcfos発現誘導が検出され、ipRGCの選択的活性化に成功した。一方、行動リズムの光制御を担う鍵分子の同定に向け、野生型カリフォルニアマウスP.californicusのゲノム解析を遂行し、既にゲノム解読された近縁種P.maniculatusの情報を基にP.californicusのゲノムアッセンブリを試みている。 時計振動体の解析としては、時計タンパク質にタグを導入した変異マウスから様々な時刻に単離した時計タンパク質複合体を質量分析に供し、時計タンパク質の相互作用や修飾状態の組合わせの時刻依存性、いわゆるクロノコードを含む翻訳後修飾の実態を明らかにした。また、細胞時計の温度補償性を指標にした薬理スクリーニングにより、Na/Ca交換輸送体NCXによる低温応答性のCa2+/CaMKIIの活性化が温度補償に必要であることを見出した。低温応答性のCa2+シグナルはショウジョウバエ、シロイヌナズナおよびシアノバクテリアの概日時計においても重要な役割を果たすことを示し、真核生物と原核生物で共通する初めての時計因子NCXに依存したCa2+シグナルの重要性を浮き彫りにした。 時計出力系の解析としては、既に取得した老齢マウスデータの解析から、加齢に伴う時計出力の異常の原因となり得る細胞内シグナルが浮かび上がった。また、ニューロステロイド7αOH-Pregと7αOH-DHEAの合成鍵酵素CYP7B1の欠損マウスにおいて観察される空間記憶の長期維持障害が老齢野生型マウスにおいても見出され、老化に伴う記憶障害にはCYP7B1の活性低下が寄与する可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究実績の概要に記載したように、計画全般において順調に進展している。これに加え、以下の点で当初の予想を超える研究成果が得られた。すなわち、時計タンパク質PER2のリン酸化部位Ser478をAlaに置換した変異マウスを作成した結果、輪回し行動リズムが長周期化することを見出した。分子レベルでは、この変異によりPER2タンパク質の安定性が上昇した結果、その相互作用因子であるCRYの核内蓄積量が増え、E-box依存的な転写の抑制時間が延長することでリズムが長周期化することが判明した(PNAS,2020)。 また、細胞時計の温度補償性を指標にした薬理スクリーニングにより、転写リズムの温度補償にはNa/Ca交換輸送体NCXによる低温応答性のCa2+/CaMKIIが重要な役割を果たすことを見出した。さらに、NCXはマウスおよびショウジョウバエいずれの行動リズム制御においても、約24時間の周期性と安定な振動の維持に必須であることが分かった。更にシロイヌナズナとシアノバクテリアにおいても、Ca2+シグナルは転写リズムの温度補償に必要であることを見出し、真核生物と原核生物で共通して機能する初めての時計因子としてNCXの役割を明らかにした(Science Adv,2021)。 一方、概日時計の出力系の一つである空間記憶とその制御因子としての7αOH-Pregと7αOH-DHEAの挙動を追うため、質量分析による神経ステロイドの新しい高感度検出法を開発し、脳内に微量存在する神経ステロイドの分析を可能にした。これによりマウス脳から6種類の新奇神経ステロイドを同定した(J Lipid Res,2020)。この分析法を用いて、空間学習後にはじめて海馬で両ステロイドが検出され、さらにCyp7b1 欠損マウスの空間記憶維持障害が両ステロイドの同時投与により回復することを見出した(iScience,2020)。
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今後の研究の推進方策 |
行動リズムの光同調を担う網膜神経節細胞ipRGCにおいて、光受容体メラノプシンが駆動する新たな光シグナル経路の生理機能を探る。本年度に樹立した、DREADDをipRGC特異的に発現するマウスを用い、DREADDの一過的活性化による位相シフトや、ipRGCのもう一つの生理機能である瞳孔反射の比較解析を行う。 一方、時計振動体の分子的解析として本年度は、マウス臓器における時計タンパク質複合体のクロノコードを含む翻訳後修飾が時刻と共に変化する様子を捉えることに成功した。最終年度はその核心部分であるクロノコード形成の分子的な仕組みに迫る。またこれまでに、Na+/Ca2+交換輸送体NCXを介して低温で活性化するCa2+シグナリングが、哺乳類の培養細胞、昆虫、植物、およびシアノバクテリアの概日リズム周期の温度補償に重要な役割を果たすことを見出した。哺乳類においては、概日性Ca2+シグナリングを時計タンパク質に伝えるリン酸化酵素としてCaMKIIを見出しているので、今後はマウス個体レベルの概日リズムにおいて、NCXやCaMKIIの各アイソフォームの変異による表現型を精査することにより、概日性Ca2+シグナルの役割をin vivoにて検証すると共に、Ca2+依存的なリン酸化修飾の役割を調べる。 また、体内時計と個体老化の相互作用の解析としてこれまで、老齢マウスから時刻情報を持つ莫大な分子データを取得した。この解析から浮かび上がった、時刻と老化という二つの時間軸を結びつける分子シグナルを追求し、加齢に伴う時計出力異常の背後に潜む分子的な仕組みに迫る。さらに、概日時計の高次脳機能への出力の一つとして空間記憶に着目し、野生型マウスにおける空間記憶能力の概日性制御を探ると共に、これを老齢マウスやCYP7B1欠損マウスと比較し、神経ステロイドの役割という観点から加齢に伴う概日時計出力の変化に迫る。
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