研究課題
原子は多くの同位体元素で構成されるように、分子は同位体の組み合わせにより多数の同位体置換分子種(本稿ではアイソトポログと総称)で構成される。環境物質のアイソトポログの自然存在度は、その環境分子の起源と履歴の情報を忠実に記録している。この究極の分子トレーサー法を開発し、その強みを地質、生物、人為の各プロセスと相互作用で決まる地球表層環境を解析することに生かしてきた。2編のPNAS、6編のAGU,EGU系雑誌を含む科学誌に33編を公表し、Sci. Adv.誌にin pressとなった。年度当初よりコロナ禍となったが、学会発表は51件、うち招待講演4件、国際会議発表31件を行った。以下、特筆すべき例を示す。スイスEMPAの研究協力者と共同開発した赤外吸収分光法によるクランプトN2O同位体比測定法と高分解能質量分析法による測定法の比較実験を行い、確度を検証し、成果を論文発表した。これは12種あるN2Oのアイソトポログのうち、今後10年は計測不能であろう3重置換種2種以外の10種の計測を可能としたことを意味する。エタノールに、GC-熱分解-GC-熱分解-IRMS法を改良することで、水素PSIA計測法を開発した。エタノールの水素PSIAはNMRによる多量で精製された資料についての計測法があるが、微少量で混合物質である環境有機分子や生体試料について適用可能とし、様々な環境分子への拡張を行った。当グループが開発したOCS硫黄同位体組成の分析手法を大気観測へ改良し、東アジア域での観測を実施した。この結果、OCSを人為起源と海洋起源を区別して評価し、人為活動がミッシングソースの約半分を占める重要な生成源であることを発見し、PNAS誌に公表した。研究代表者が主宰する国際アイソトポマー会議(ISI)の第10回を延期して最終年度である令和3年度に開催し、同位体分子の研究を主導する。
1: 当初の計画以上に進展している
いずれも科学的に高く評価されている科学誌に33編を公表し、学会発表51件を行った。当初予期していなかった新たな展開により次の研究成果が得られた。有機分子の13C-13C二重置換(Clumped)について、生物由来のエタノールや天然ガスが狭い範囲のΔ13C13C値に収まるのに対し、実験室で合成した無機的炭化水素は、これらよりも有意に低いΔ13C13C値を示した。また、稀に知られている非生物起源天然ガス(カナダおよびオーストラリア)についてアイソトポログ計測を行ったところ、無機合成実験と同様の、低いΔ13C13C値を示すことが明らかになった。炭化水素のΔ13C13C値を用いることで、生物起源と非生物起源の有機分子を区別することを可能とし、今後の惑星探査等において生物活動の痕跡を探る上で重要な情報を与えることを示した。グリーンランド南東ドーム(SE-Dome)のアイスコア中のSO42-のΔ17O値から、大気酸性度の変化により、液相O3酸化過程によるケミカルフィードバック機構がSO42-生成効率が増大させていることを明らかにし、Sci. Adv., in pressに公表される。RuBisCO酵素によるCO2固定触媒反応において、当該触媒反応は遷移状態が存在しない発熱反応であることを見出し、さらに、Mg2+を中心とする6配位が化学の一般的な触媒反応の活性点とする考えに対し、タンパク質内では5配位の形で安定していることを解明した。中国における厳しい排出規制の影響で、近年、越境輸送されるPM2.5など大気汚染物質は減少に転じたが、粒子の質量濃度と個数濃度の長期的な変動は必ずしも連動しないこと、また新型コロナウィルスの感染拡大に伴う中国主要都市のロックダウンによって、短期的に起こる社会様式の変化が地域のエアロゾル物理・化学特性に与える影響をとらえた。
多種の分子種について推進するが、紙面の都合で特徴的な2件を例示する。十分な準備をしているので令和3年度中に実施できる。正確に値付けしたNH4NO3の熱分解でN2O標準試料を合成し、世界の活発なラボに配布して研究室間較正を行い、アイソトポログ研究をリードする。スイスと共同開発した赤外吸収分光法と高分解能同位体質量分析法で確度・精度を確実にしたので、12種あるN2Oのアイソトポログのうち、10種の計測を可能とした本計測法を応用していく。アイソトポログ存在度の理論計算値と測定値の比較を行う。本法を脱窒菌の培養により生成するN2Oに適用し、その結果について、Clumped-PSIA-MIF融合法により解析し、地質、生物、人為の各プロセス解析の基礎を構築する。天然ガス中のプロパン、n-ブタン、i-ブタンのPSIA分析を適用することで、地質、生物起源の判別、発生源有機物の分解進行度や生成温度情報を得られる可能性を示す。短鎖炭化水素類は、温室効果ガスの一種でもあるので、人為過程として大気への放出量予測にも活用することになる。またPSIAは、非生物と生物起源の判別を可能とするので、無機的に形成される有機物の時空間分布について調査し、無生物から生物を構成する有機物が創られるという、生命起源の研究にも波及効果を与える。長鎖脂肪酸の炭素PSIAを開発し、植物代謝起源および細菌代謝起源の脂肪酸に適用する。脂肪酸の各炭素位置の炭素同位体比に偶奇性があること、さらに植物と細菌では、逆の偶奇性を示すことを明らかにし、代謝の違いが読み取れることを明らかにしつつあるので、分子化石として堆積物や堆積岩に保存された脂肪酸の同位体的特徴を、過去における生物プロセス変化の新しい診断指標とする。研究代表者が主宰する国際アイソトポマー会議を延期し、令和3年度中に東京で開催し、研究成果を発表し討論を行う。
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すべて 国際共同研究 (6件) 雑誌論文 (32件) (うち国際共著 20件、 査読あり 30件、 オープンアクセス 9件) 学会発表 (50件) (うち国際学会 31件、 招待講演 4件)
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