研究実績の概要 |
水素結合に誘起された水分子の動きに関する研究は非常に重要であり,水一分子が関与した水素結合について理論的な研究が盛んに行われてきた.しかし,外的環境と複雑な水素結合ネットワークを構築するため,実験的な研究例は極めて少ない.本研究では,開口部上の水素結合ネットワークと単一水分子との間の相互作用を検証した. 水内包開口フラーレンC60に対して,CeCl3存在下,10 equivのNaBH4を反応させることで,3つのカルボニル基が選択的に還元された還元体が75%の収率で得られた. 単結晶X線構造解析の結果,この化合物は開口部上に強固な分子内水素結合を形成し,分子間水素結合を介してダイマー化することがわかった.さらに,骨格内部では中心部と開口部付近において内包水分子のディスオーダーが見られ,占有率はそれぞれ0.11(2), 0.81(2)であった.これは,分子内水素結合により内包水分子が並進運動していることを示唆している. ダイマー化が抑制される希薄条件 (0.9 mM, o-ジクロロベンゼン) での1H NMR 測定の結果,低温において内包水分子のシグナルが低磁場シフトすることがわかった.これは,内包水分子と開口部上のOH基との間の水素結合形成を示唆する結果である.さらに,内包水分子の1H NMR 緩和時間測定から内包水分子の回転運動が著しく抑制されていることがわかった.また,この化合物のCDCl3溶液にD2Oを添加したところ,開口部上の全てのOH基が重水素化された化合物へと変換された.興味深いことに,D2O添加後48時間が経過しても内包水分子と開口部上のOD基との間のH-D交換は観測されなかった.これらの結果は,内部に内包された水分子がCDCl3中に溶解している水分子に比べて,塩基性・酸性が低いことを示している.
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