研究課題/領域番号 |
17H06160
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研究機関 | 福井大学 |
研究代表者 |
坂野 仁 福井大学, 学術研究院医学系部門, 特命教授 (90262154)
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研究期間 (年度) |
2017-05-31 – 2022-03-31
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キーワード | 僧帽/房飾細胞 / 神経回路形成 / 扁桃体 / 出力判断 / 刷り込み記憶 |
研究実績の概要 |
本研究課題では、マウス嗅覚系を用いて、高等動物に於ける感覚入力が脳でどの様に処理され情動・行動の出力に転換されるかの神経回路レベルでの解明を目指す。当グループではまた、これら感覚入力の出力判断が、本能的な判断と学習判断の二つの回路によって、並行しかつ独立に行なう事を見出したが、これら二つの判断はしばしば対立する事がある。当グループでは、これら対立する二つの出力判断が、扁桃体を中心に、どの様なlogicsで裁定されているかを神経回路レベル、細胞レベルで解明する事を最終ゴールとしている。 当グループでは、忌避物質4MTに対して新生仔期の刷り込みにより、先天的な忌避判断が抑制される一方、誘引的な記憶判断が優先して出力する事を見出している。従って同一感覚入力4MTに対して、本能的忌避と刷り込み記憶による誘引の2つの判断が対立した際これをどう裁定するかという、本研究課題解明の為のシステム作りが完了したことになる。我々の最近の研究により、刷り込み成立の鍵を握るシグナル分子がSema7A/PlxnC1であり、誘引的価値付けをする原因分子がオキシトシンである事が明らかとなった。 本研究課題では既に、先天的な本能判断は、遺伝的にプログラムされたhard-wiredな回路によって、扁桃体の正及び負の出力領野が入力情報により直接刺激される事により、学習や経験とは独立に決定される事を明らかにした。また記憶に基づく学習判断については、匂い地図としてパターン認識された匂い情報が、中枢において記憶情報を検索するタグとして働くと同時に、その同時発火が扁桃体を結ぶ価値情報の回路をも呼び覚ます事により、学習判断に於ける価値付けがなされると考え、研究を進めている。 本研究課題は、我々ヒトの情動・行動の発動や心の葛藤を理解する為の神経回路レベルでの情報を提供するのみならず、精神発達障害の治療技術の開発にも役立つと期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題では、嗅覚情報の出力判断の為の価値付けと、対立する判断の裁定を理解する事に重点を置いて解析を行なっている。本年度は次の3つの成果が得られた。 i. 当グループではマウス嗅覚系を用いて、外界からの感覚入力による回路形成の可塑的変化の問題に取り組んだ。その結果、一次神経である嗅細胞で神経活動に依存して発現するSema7Aと二次神経である僧帽/房飾細胞に於いて生後一週間の期間限定でその樹状突起に局在するPlxnC1を可塑的な回路形成の責任分子として同定した。これら分子の結合によって糸球体内でのシナプス形成が外界入力依存的に促進され、感覚入力を選択的に増強する事が明らかとなった。 ii. 当グループでは更に、糸球体内でシナプス形成が行われる際、一次神経と二次神経が何に基づいてパートナー確認を行うかに付いて解析した。当グループではこのマッチングが、一次神経が発現する嗅覚受容体の種類に依ってではなく、二次神経の嗅球内での位置と糸球体への距離を基礎にして行われる事を見出した。 iii. 先天的な匂い情報の出力は新生仔期の刷り込み記憶によって修正される。当グループでは、刷り込み記憶が本能判断に与える影響を解析した。その結果、マウスの場合、生後一週間以内に嗅いだ匂いに関しては、例えそれが忌避すべき天敵臭関連物質であっても、誘引的な匂いとして認識される事が示された。当グループでは、糸球内でのシナプス形成を促進するSema7A/PlxnC1のシグナルが、刷り込みを成立させている事を見出した。またノックアウトを用いた実験により、刷り込み記憶に誘引的な質感を付与する為には、新生仔期の脳に発現するオキシトシンが必須である事も明らかとなった。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題は予定通り目標の達成に向けて進行しており、論文や総説、国際学会での発表なども順調である。今後の推進方策については以下の通りである。代表的なものを列挙すると、i. 刷り込みが成立する脳内部位を特定し、チャネルロドプシン(ChR)遺伝子をウイルスベクターを用いて導入し、刷り込みが光刺激で再現出来るかどうか確認する。 ii. オキシトシンによって刷り込み記憶の価値付けが行われる脳内部位を、オキシトシン受容体の発現を指標に特定する。部位特異的なノックアウトやアンタゴニストを用い、またChRを利用した光刺激を利用して、記憶成立の為の、loss-of-function及びgain-of-functionの実験を行う。 iii. 当グループで確立した単一糸球体からの光刺激入力システムを利用して、匂い情報の最小単位が海馬でどう表現(represent)されるか、またオキシトシンによる刷り込み記憶に対する誘引的な価値付けに際し、記憶のエングラムに何が書き加えられるのかを明らかにする。 iv. 扁桃体の解析を中心に、4MTの刷り込み入力に対し、先天的な忌避判断の為の情報と、刷り込みよる誘引的な出力指令が、どの様に裁定されているのかを明らかにする。 v. 刷り込み記憶がACTHの血中濃度を低下させてストレス反応抑制するメカニズムと経路、また同時に、MeA前方部を活性化して誘引行動を引き起こす為の情報の流れについて、シナプスを逆走して伝播するレビスウイルスを用いて明らかにする。以上の研究成果を基に、刷り込み現象の生物学的な意義や、その入力異常によって生じる精神発達障害の発症メカニズムについて検討する。
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