本研究では,ナノ多層構造に作用する垂直応力とせん断応力の比(混合モード比)を精密に制御できるその場観察負荷実験方法を開発して,化学反応に及ぼすナノ構造と応力場の役割を体系的に解明することにより,応力誘起化学反応の微視的機構と支配力学を解明することを目的としている.本年度の研究実績を以下に要約する. 前年度までに開発した試験方法に加えて,透過型電子顕微鏡(TEM)その場観察下での負荷実験方法を開発した.本手法では,力学負荷を与えた試験片に対して微小領域(ナノビーム)電子回折法を用いてナノスケールの局所領域における結晶構造変化を評価する.Ti/Siナノ多層構造を対象として,基板上に製膜したナノ多層薄膜から集束イオンビームを用いて透過像が観察可能なサブミクロン厚さの試験片を加工した.化学反応に及ぼす変形モード依存性を解明するため,これまでに開発した積層方向に対する純圧縮試験,せん断試験に加えて,圧縮とせん断の混合モード試験方法を開発した.本手法による各負荷試験より,せん断変形および圧縮せん断変形では,既往の圧縮変形による化学反応誘起メカニズムとは異なり,せん断帯を形成する局所領域における新生界面の生成が化学反応の主要メカニズムであることを解明した.また,ナノビーム電子回折による局所解析により,変形により誘起された化合物はTi5Si4もしくはTiSiであると推定した.さらに,変形誘起化学反応は最大せん断応力に支配されており,圧縮-せん断試験の限界最大せん断応力はせん断試験よりも大きい値であることが分かった.すなわち,変形誘起化学反応には変形モードに依存する力学的クライテリオンが存在した.これらの結果は,変形モードによって多層ナノ薄膜の化学反応を制御できる可能性を示した.
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