補助人工心臓や人工関節などの人口臓器には円滑な動作と長期耐久性が同時に求められ,人工臓器のしゅう動部における摩擦・摩耗が機器の性能向上のための鍵を握る.過去の研究において,血液中や血漿タンパク質溶液中のしゅう動部においては摩擦により血漿タンパク質が変性し,高く不安定な摩擦が発現することが知られている.そのためしゅう動部における血漿タンパク質の変性抑制は摩擦低減のための必須条件となる. 本研究では,軟質で含水率に富むダブルネットワーク(DN)ゲルを摩擦試験片の一方に用いた.ダブルネットワークゲルは物性の異なる2種類のモノマーから構成され,高い引っ張り強度を有する次世代のソフトマターとして注目されている.DNゲルシートと炭化ケイ素(SiC)ディスクを組み合わせ,血漿タンパク質溶液中における摩擦試験を行った.また硬質なSiC同士から構成される試験片対を用いた試験も比較のために行った.
SiC同士から構成される摩擦試験片の場合,水中の摩擦係数はおよそ0.2であるのに対し,血漿中の摩擦係数は0.4に増加する.一方,DNゲルを用いる試験片対の場合,水中および血漿中の摩擦係数はそれぞれ0.15,0.05を示した.また,摩擦試験後のSiCディスク表面上には未変性状態の血漿タンパク質から構成される膜が形成されていた.これより,DNゲルの導入により血漿タンパク質が有する摩擦低減効果を引き出すことに成功したといえる. また,異なる吸着特性を有する血漿タンパク質として,およそ280種類以上存在する血漿タンパク質のうちアルブミンとフィブリノーゲンに着目し,それぞれの血漿タンパク質が単独で存在する溶液中における摩擦試験を行った.その結果,アルブミンとフィブリノーゲンは共に摩擦低減効果を有し,とくに両血漿タンパク質が共存する環境下において摩擦低減効果が顕著になる事を明らかにした.
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