哺乳類の睡眠ステージは、レム(急速眼球運動)睡眠とノンレム睡眠からなる。睡眠は本能行動のひとつとして考えられているが、現在のところ、「何のために眠るのか?」「何故夢を見るのか?」という根本的な問いに、的確に回答することは難しく、睡眠の機能は、脳科学分野における最大の謎のひとつとされている。特に夢をみているとされるレム睡眠の機能は、実はまだほとんど分かっていない。 レム睡眠時には、特徴的な脳波が測定される。海馬のシータ波と、橋(Pons)で発生するPonto-Geniculo-Occipital(PGO)波である。海馬のシータ波は、探求行動をしている覚醒時にも観察されるが、PGO波は、専らレム睡眠時に観察される。PGO波はネコで発見され、当初、同様の波形が次々と伝播し、外側膝状体(Lateral Geniculate Nucleus)や後頭葉(Occipital Cortex)でも記録されたことから、PGO波と命名された。その後、ラットでも報告されたのだが、橋でのみ観察されるため、P波と呼ばれている。一方、マウスでは、P波の測定に成功した例は皆無に等しい。 本研究では、遺伝学的手法が使えるマウスにおいて、in vivoでP波を計測する手法を確立した。マウスにおいて、これまで存在しないとさえされてきたP波の測定に成功した。さらに、P波発生メカニズムを電気生理学的に詳細に解析した。具体的には、睡眠覚醒を繰り返す頭部固定状態のマウスの脳幹に、32チャンネル記録電極を搭載するシリコンプローブを刺入し、一度に数十個の神経活動を記録した。P波の発生に先行して、強く発火する神経細胞群の存在を明らかにした。これらの神経発火の集合電位が、P波という局所フィールド電位を生み出していると考えられる。本研究により、P波の生理的役割、さらにはレム睡眠そのものの生理的機能にも迫る新たな切り口が開拓された。
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