当初は、環境ストレスに応答する細胞内の現象をマウス個体の胎生期の脳内で調べることにより、環境ストレスと胎生期の脳の発生との関係を解明する予定であった。しかし、熱ショックシグナル経路と一次繊毛は、機能的相互作用があることから、研究代表者は一次繊毛が胎生期の神経細胞において熱ショックシグナル経路の活性を抑制することで、環境ストレスに対して脆弱になるという仮説を新たに立て、一度は研究を開始した。しかし、胎生期にはほぼ存在しない大脳皮質の神経細胞の一次繊毛は、生後3週目までに成熟するということが知られているため、神経細胞の環境ストレスに対する脆弱性が上昇する時期と、一次繊毛の成熟する時期に相関が見られるのではないかと考え、大脳皮質神経細胞は、生後3週目以降は、一次繊毛を起点としたストレス応答性を獲得するという仮説に修正し、研究を進めることにした。これまでに、大脳皮質特異的に一次繊毛を欠損したマウス(Ift88 cKOマウス)を作製し、生後7日目のIft88 cKOマウスにアルコールを投与したところ、Ift88 cKOマウスでは、細胞質内に特異的な斑点状の活性型Caspase-3シグナルが多数散在する事を見出した。ゴルジ体が局在しない樹状突起は、長さ、分岐数がともに低下すること、及び、ゴルジ体関連タンパク質であるGRASP65は活性型Caspase-3によって切断されることがわかっている。従って、アルコールを投与したIft88 cKOマウスでは、Caspase-3がゴルジ体関連タンパク質を切断することで樹状突起の伸長および分枝を阻害している可能性が考えられる。この可能性を検証するために、ゴルジ体のマーカーとして用いられるGRASP65の免疫染色を行ったところ、アルコールを投与したIft88 cKOマウスの樹状突起において、GRASP65陽性の面積が有意に減少していることを見出した。
|