研究課題/領域番号 |
17H06583
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
米野 みちよ 東京大学, 東洋文化研究所, 准教授 (20798144)
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研究期間 (年度) |
2017-08-25 – 2019-03-31
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キーワード | フィリピン / アジアの近代化 / 先住民 / 民謡 / サリドゥマイ / カリンガ / ポストコロニアル批判 / エージェンシー |
研究実績の概要 |
フィリピン北部の各地で歌われている「サリドゥマイ」と呼ばれる民謡のジャンルの、歌い方の変化を確認する調査のためのプロジェクトである。これまでの研究で、旋律は第二次世界大戦中に現地で採用されたゲリラ兵たちが米兵たちから聞いた旋律の現地化したものなどが中心、歌詞は、古くから伝わる求愛の歌、失恋の歌、戯れ唄、また祝言や弔辞などの人生儀礼の際に歌われる歌の歌詞の定型を引き継ぐものが多い。従って歌詞の内容は多岐にわたる。文献調査や年長者の聞き取りから、1950年代頃までは、応唱形式の掛け合いで歌われていたことが推測される。また1990年以降の調査者自身による現地調査では、主に集団で、用意された歌詞を歌うことが多く、比較的定量的な四拍子系のリズムで、「ドレミ化」されたピッチ歌われている。この間にどのように歌い方が変化したのか、は、文献や聞き取り調査では確認ができずにいたが、音声アーカイブの整備に伴い、1960-1980年代の多数の録音データを調査することにしたものである。 約20例の録音を聴き、簡単に分析したところ、集団またはソロによる演奏で、掛け合いのものは見られていない。半音を含まない五音のピッチを利用している旋律が多いが(三音旋律の組み合わせだったりするので、必ずしも五音音階とは見なしたくない、というのが持論である)、 各ピッチの幅が広く、明確なドレミとも言えず、また必ずしも「ド」に終着して終わるとは限らない。仮説を裏付けるデータが得られた。今後さらに似たようなデータが得られれば、仮説ではなく自説として発表していくことができる。 一方、12月と2月の短期のフィールドワークでは、サリドゥマイの歌われる機会が2000年代に続き、更に減少し、その演奏はリズムもピッチも一段と定量化が進んでいる傾向を観察した。近代性の合理性の浸透と解釈したい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
9月、2月、3月にフィリピン大学民族音楽学センター(通称「マセダ・コレクション」)にて音声アーカイブ調査を行った。かつてカタログの調査を行っており、本調査ではその際に作成したリストを用いる予定でいたが、 以前のカタログ調査では、対象とすべき「サリドゥマイ」の多くがリストから漏れていたことに気づき(これは、「サリドゥマイ」の呼称が1990年ごろまで統一されていなかったことによる)、急遽、カタログ調査をやり直した。 並行して、1960ー1980年代のサリドゥマイの録音の一部を聞き、またその音声ファイルの複製を入手した。予測の通り、当時の旋律の多くは「ド」で終わらず、近代的な調性の要素があまり見られなかったことを確認した。音声ファイルの試聴と複製は、依頼してから予想以上の日数がかかることがあり、また3月の訪比時にはアーカイブが引越し作業に追われており、各回の滞在期間では、数曲ずつしか音声を聞くことはできなかったのは残念。この関連で、採譜と歌詞書き起こし、およびその分析は、若干遅れている。 一方、12月と2月にはフィールドワーク(カリンガ州、マウンテンプロビンス州)を行い、現地での演奏の観察と記録および行政資料の入手を行った。今日のサリドゥマイの演奏は、2000年代の調査時に比べて、ますます「ドレミ化」し、拍子が明瞭化(つまり単純化)していることを確認した。また、1990年代以前であったらサリドゥマイが歌われていたであろう脈略の中でサリドゥマイ以外の音楽(英語のポップスなど)が演奏されることが増えて、サリドゥマイの演奏の機会が、減少する傾向にあることを観察した。 これを機会に、1990年代からの録音・録画のデータを再整理することができたことは、予想外の収穫である。 思うようにできなかったこともあるが、予定外・想定外の成果もあったので、全体では、概ね順調に進展している、と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
4-7月はオンラインカタログの調査を行い、8月、9月、12月に渡比して、関連すると思われるサリドゥマイその他の音声資料の視聴およびフィールドノートの閲覧を行う。 9-11月は、視聴した資料のうち、重要と思われるものは複製を入手し、採譜、歌詞書き起こしと翻訳、分析を行う。特に旋律の構造(調整の要素の有無の度合いなど)と歌詞の即興性と匿名性の度合い、などに注目する。 11月に学会発表を行う。(平成29年11月に行った研究発表では、理論的な考察の未熟さが指摘された。新しいデータを提示して、理論的な考察を整理して、発表を行いたい。) 年間を通じて、人類学のエージェンシーの理論、およびその発展形としての倫理の人類学を勉強する(James Scott, The Art of Not Being Governed; James Laidlaw, The Subject of Virtue: An Anthropology of Ethics and Freedom,など)。また年間を通じて、 出版社の選定を行い、原稿の準備をして、単著の出版に向けて具体的な作業を進める。
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