研究課題/領域番号 |
17H06666
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
青井 隼人 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 研究員 (00807240)
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研究期間 (年度) |
2017-08-25 – 2019-03-31
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キーワード | 北琉球沖縄語伊江方言 / 声門化子音 / 音響特性 / 音韻論的解釈 / 現地調査 |
研究実績の概要 |
本研究は、通言語的に頻度が低く、その一般特性がまだ充分に明らかにされていない声門化子音(glottalized consonants)に焦点を当てる。声門化子音とは、口腔内の閉鎖(もしくは狭め)に加えて、声門での閉鎖(もしくは狭め)を伴う子音の総称である。 本研究では、声門化子音を研究するにあたり、北琉球沖縄語伊江方言の調査をおこなう。声門化と非声門化の対立がどの音類に認められるかは言語によって異なるが、伊江方言ではその対立が破裂音、破擦音、鼻音、流音、半母音と非常に多くの音類において認められる。 本研究の具体的な目的は以下の2つである:(1) 声門化子音の音響音声学的特徴の記述と解釈、(2) 伊江方言における妥当な音韻論的解釈の提示。以上の目的を達するために、(i) 声門化子音の音響音声学的資料の組織的収集と (ii) 伊江方言の音韻構造の包括的記述をおこなう。 平成29年度は、1度の現地調査をおこない、2名の話者から声門化子音を観察するための語彙を収集した。声門化子音は、大きく共鳴音クラスと阻害音クラスとに分けることができる。このうち共鳴音クラスにおける声門化・非声門化の対立の音響聴覚的特徴については、新永・青井・中川(2011)によって、奄美語湯湾方言を対象にした分析の初期的報告がなされており、そこでの結果とおおむね一致する結果が本調査でも得られた。すなわち、声門化子音は非声門化子音に対し、急激な(abrupt)開始部をもつ。 一方、阻害音クラスにおける声門化・非声門化の対立の音響詳細は充分に明らかにされていなかった。本調査では、阻害音クラスにおける声門化子音の音響詳細を明らかにするための新たな資料を収集することができた。なお、すでに初期的な分析を終えており、30年度中に成果発表を複数回おこなえる見込みである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度は、現地調査を1度おこなった。本年度の調査目的は、おもに (1) 伊江方言の音韻スケッチを作成する上での最重要の一次資料となる基礎語彙を収集することと (2) 声門化子音の音響特性を明らかにするための録音資料を収集することであった。 (1) については、本年度に100語程度の収集が目的だった。しかしながら現地で伊江方言の辞書を入手することができたため、すでに音韻構造の分析に充分な資料を入手することができたと言える。次年度はこの辞書の記述を基に伊江方言の音韻構造の記述を試みる予定である。 (2) については、本年度のうちに初期的な分析(質的観察)に必要充分な量の組織的資料を収集することができた。また収集した資料の分析は本年度のうちに完了しており、報告に値する結果を得ることができている。次年度の調査では、初期的分析の結果を基に、量的観察が可能なだけの資料を収集したい。
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今後の研究の推進方策 |
2年目も引き続き声門化子音の音響音声学的資料の収集をおこなう。平成30年度の最終的な成果物として、伊江方言の音韻スケッチを完成させることを目指す。音韻スケッチとは、当該の言語の音韻論の基本的構造を包括的に記述するものである。伊江方言に関する従来の音韻論的記述は、音素目録や日本語標準語との音節対応、アクセント、動詞活用など、音韻論の一部分を取り上げて記述する傾向が非常に強かった。したがってある特定の部分に関しての音韻論的知識は深められてきた一方で、それらが全体としてどのような構造を成しているかを充分に把握することはできていない。そこで本研究では、音素体系から音節構造、形態音韻論、アクセントまでを包括的に扱い、伊江方言の音韻構造の概要を明らかにすることを目指す。 音韻スケッチを作成する過程で、声門化子音の妥当な音韻解釈を検討する。先行研究において、北琉球語群における声門化子音には複数の解釈が提案されており(上野 1977; 柴田 1960; Niinaga 2010, 2015; 平山ほか 1966 など)、研究者のあいだで見解の一致が見られない。その主な論点として、以下の3点を具体的に上げることができる。すなわち、(1) 音類(共鳴子音 vs. 阻害子音、閉鎖音 vs. 接近音)によって、解釈は異なるか否か;(2) 単一の子音(声門と口腔内の同時調音もしくは副次調音)として解釈するか、声門閉鎖音との子音連続とするか;(3) 声門化と非声門化の対立を表現するためにはどのような素性がいくつ必要か。本研究では、声門化子音の音韻論的ふるまいを記述しながら上記の論点を考察し、その上で伊江方言の音韻構造上もっとも整合性がとれ、かつ理論的にもっとも問題の少ない解釈を提案することを目指す。
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