平成30年度は主として次の2つの作業をおこなった。すなわち第1に,近年の消費者行動研究と文化進化研究における進化概念に着目し,市場における価値規範の変化を分析する際の理論的な道具立てについて理解を深める作業,第2に新製品の正当化という集合現象における製品の意味の変容を量的に把握する作業である。これらの成果は1冊の本の,うち2つの章(第4章及び第5章)を構成するものとしてまとめられ,出版に至った。 第1の作業を通じて明らかになったのは,市場の動的性質を描き出すマーケティング研究を進めていくには,市場進化の視角を採用しつつ,製品や価値規範について発話されたことばに着目した分析作業が有益となる可能性が高いことである。その第2は,新製品の意味の変化が既存の価値規範との相互作用を通じて起きること,さらにそれを通じて既存の支配的な価値規範が業界全体で改訂的に問い直されることである。また,新製品が市場に受け入れられていく際にこうした価値規範が変化していく過程を今後より詳細に捉えるには,当該新製品の中核的コンセプトの諸要素がいつ,どのような経路を通じて伝播していくのかに着目したさらなる実証的研究が必要となることも示された。 なお,これらのことは単一の事例研究を通じて明らかにされた。すなわち,日本の西洋音楽市場において,古楽と呼ばれる新興の演奏スタイルが確立していく際に,人々の古楽に対する認識が変わり,既存の演奏スタイルの価値評価の仕方までもが変わっていく過程である。
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