現代において、摂食機能に障害を有する児童が増加傾向にあるとの報告があり、発育期における咀嚼・嚥下機能の発達や障害発症のメカニズムについての研究が注目されている。一方で、加齢や脳神経疾患に付随する摂食・嚥下障害が急増していることも周知の事実である。本研究は、パーキンソン病モデルマウスを用いて、下顎運動・筋活動などの生体信号を記録することで、摂食機能障害の発症のメカニズムを解明することを目的とする。さらに、病因・病態仮説に基づいた治療戦略を構築し、その有効性を検証することを目指した。 本研究では、ドパミン神経細胞死を引き起こすMPTPをマウスに腹腔内投与し、パーキンソン病モデルマウスを構築して、顎・舌機能データを収集する予定であった。しかしながら、本病態モデルマウス作製が困難であったため、計画を変更した。咀嚼機能に関わる神経機構には、GABA受容体が豊富に存在しており、感覚情報伝達や運動制御にGABA入力が大きな役割を果たすと考えられている。そこで、GABAの作動薬(ムシモール)あるいは拮抗薬(ビククリン)を用いて、摂食(咀嚼・嚥下)機能への影響を検証することとした。GABA作動薬のムシモールをマウスに投与した場合、顎運動において、開口量、側方移動量、咬合相での前方滑走距離が減少し、筋活動においては、咬筋および顎二腹筋の筋活動量が低下した。一方、GABA拮抗薬であるビククリンを投与した場合、開口量、側方移動量、咬合相での前方滑走距離は増加し、筋活動についても、咬筋および顎二腹筋の筋活動量が増加した。 以上より、神経伝達物質を介した情報伝達機序が咀嚼・顎口腔領域の運動調節に重要な役割を果たすこと、GABA神経伝達系の異常が咀嚼運動制御に障害を引き起こすことから、脳内伝達物質をターゲットとした薬物療法が摂食機能障害に対して有効である可能性が示唆された。
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