本研究の目的は,学習の途上で知覚対象を言語化することが,学習に及ぼす影響を検討することであった。先行研究において,顔やワインの味といった知覚的情報の記憶を言葉で想起すると,かえって後の記憶テストの成績が低下することが報告されてきた。この現象は,言語陰蔽効果と呼ばれている。言語陰蔽効果は,知覚対象の分類やスポーツといった,知覚情報処理の熟達を伴う学習においても生じる可能性が示唆されているが,先行研究では主に記憶テストによって言語化によるネガティブな効果が検討されており,学習の成立そのものに言語化が及ぼす影響についてはあまり検討されてこなかった。 そこで,本研究では,まず知覚情報の熟達が成立する前に知覚対象の特徴を言語化することが,その後の学習成績に及ぼす影響を検討した。具体的には,参加者に対して未知の植物(キノコ)の画像を呈示し,二つのカテゴリーに分ける分類課題を課した。参加者の半数は分類課題を遂行する途中で呈示された刺激の特徴を記憶を頼りに説明する課題を行い,残りの半数は無関連な課題を行い,再び分類課題を行った。その結果,刺激の特徴を言語化した参加者は,しなかった参加者に比べて課題後の分類課題の成績が低くなり,その差は分類課題が終了するまで継続した。すなわち,言語陰蔽効果が生じた。さらに,言語化を行った参加者は,分類課題の成績がそうでない参加者に比べて低いにもかかわらず,分類課題の難易度に差がなかった。 上記の結果は,知覚対象の学習において,学習の途中で対象の記憶を言葉で描写することが学習成績そのものにネガティブな影響を持続的に与える可能性を示唆している。学習場面において,対象の特徴を言葉で整理することは頻繁に起こりえると考えられるが,場合によっては,このような言語化が,学習を阻害する可能性が示された。
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