研究課題/領域番号 |
17H07060
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研究機関 | 城西大学 |
研究代表者 |
井上 直子 城西大学, 経済学部, 准教授 (80727602)
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研究期間 (年度) |
2017-08-25 – 2019-03-31
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キーワード | 銘仙 / デジタル・アーカイブ / 絹紡糸 / 絹糸紡績 / 半奢侈 / アクセサブル・ラグジュアリー / 伊勢崎 / 秩父 |
研究実績の概要 |
イタリアと日本の絹織物産地を行き来しつつ構想した「銘仙のデジタル・アーカイブ」作成に取り組んだ。研究に先立ち、勤務構内に撮影グループを結成。撮影地の行政やコレクターと連携しながら撮影準備を進めた。公表のための枠組みについてはデジタル・アーカイブ専門家に意見を取り入れながら媒体などを決定し、繊維の識別実習や国内外での研究発表も行った(注)。その中で、天然繊維として最後に紡績工程が機械化された「絹」(絹紡糸)が、木材パルプから化学的に取り出したセルロースを合成して作り出すレーヨンによって代替されたことが、リヨンの生産者組合の事例から証明できた。研究費交付後、予想以上のペースで研究が進み、研究論文や学会発表以外に、大学と地域の連携においても成果を残すことができた。(成果:上毛新聞2017年10月18日 特集記事「旧新町紡績所(国重文、国史跡)開業140年」見開き2面、2018年8月24日「伊勢崎銘仙後世に:図書館資料デジタル化」、2019年2月28日「三山春秋」井上が答えたインタビューに関する記事、など)しかし2017年10月頃から予期せざる理由で研究を中断せざるを得なかったため、手をつけられない課題も残った。
(注) 'Emergence of Silk Industry and Meisen, the First Accessible Luxury in Japan: 1870-1930' in Popularizing Fabrics and Clothing: Kyoto Yuzen Industry in Broader Context 1600-1970 (立命館大学アート・リサーチセンター2017年6月3日) 'What Was Silk? How Notions of Silks Were Changed by the Mechanized Spun-Silk Yarns' in Popularizing Fabrics and Clothing: Reconstructing What was What of Fabrics and Dress 1600-1930(法政大学市ヶ谷キャンパス2017年6月10日)
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
研究を中断せざるを得ない健康上の問題が発生し、人やモノを集めて行う撮影が想定通りには進めることができなかった。その一方で、個人研究は学会やシンポジウム参加を凡そ計画通りに進めることができた。海外を中心に大小様々な場で、研究テーマについて専門家と議論することで絹紡糸研究の主要な論点を認識し、目標としての到達点をしっかり設定できたのはよかった点である。
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今後の研究の推進方策 |
撮影チームのメンバーを招集し準備(特に均一な照明の実現)の上で、コレクター、撮影先施設と協働しながらコンスタントに撮影を進め、公共財としての銘仙デジタル・アーカイブの作成に向けて努力する。伊勢崎を中心に一枚でも多く史料価値のある物を優先して撮影する。HPを独自に作成するか、他のデジタル・アーカイブに組み込むかを決定し、公開に持ち込む。また地域の文化・観光・地域振興政策との接点を探り、マスコミからの取材にも協力をして、地域連携を推し進める。 「銘仙」の重要な素材の1つ絹紡糸は、奢侈的ファッションを支えていた生糸を安価に代替し、社会に広く普及したことから銘仙を「半奢侈」(Demi-luxe)と位置付ける。未刊行の史料分析を進め、産地ごとの特質(技法、意匠、糸の組成)、価格帯などを比較した上で、奢侈本流との比較(生産・流通・販売組織、意匠)を行い、日本における女性のファッション(半奢侈)成立の歴史を世界史の中にどう位置付けられるか、その独自性あるいは他地域との共通点を明らかにする。中でも特に足利における銘仙の起源については、コモやリヨンなどの影響を日欧両方の資料を照らし合わせて明らかにする。また日本において絹紡糸生産に携わった人々とレーヨンや化学繊維の開発・生産関係者との間のリンクの有無についても引き続き調べたい。 このように安価な素材で手に入れやすいラグジュアリーをまた銘仙流行の末期、その素材には綿や化繊などが選ばれることもあった。半奢侈を支えた絹紡、レーヨン、スフなどが登場する歴史的連関(人・技術・組織)を探り、生産者、使用者の立場からその意義を考察するところまでを目指したい。
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