本研究では、北米の教育判例・政策論争に対する「教育の政治哲学」的考察を進めた。その目的は、近年の教育政策形成や決定における、熟議の導入を視野に入れて、市民間における政策論争の活性化に資する民主的な解釈を、教育の不正義と理解できる各事例に即して提供することである。研究の背景に控える全体構想は、教育政策の形成や決定過程において、今後ますます先鋭化すると思われる諸価値の対立や葛藤が如何に調整されうるのかに関する考察の展開である。第1に、教育政策論争の民主的な交通整理といえる解釈の提供である。第2に、第1を通じて、宗教的・道徳的な不一致の調整をはかる方法論としての熟議デモクラシー理論の可能性と課題の検討である。第3に、政策熟議を促す諸原理の体系化である。そのうち本研究では、第1と第2の研究の遂行を通して、第3の課題実現に向けた基盤づくりを行った。 最終年度となる本年度も、熟議デモクラシー理論やLGBTQに関する文献研究と、カナダ現地調査研究を進めた。まず、デューイのデモクラシー論とその賛否両論の再検討を通じて、熟議デモクラシー理論の今日的意義を明らかにし学会発表を行った。つぎに、LGBTQ教育政策に伴う価値対立の調整可能性について、前年度の現地調査と文献研究の成果をふまえて学会発表につなげた。また、将来市民の育成に向けた「宗教・倫理科目」の必修化をめぐり争われたカナダ最高裁の2判例を比較検討する中で、宗教的価値と公共的価値の「相互性」に基づく調整可能性の意味を再検討し、昨年度の学会発表の練り直しを図り論文発表した。さらにLGBTQ教育政策をめぐり、宗教的・道徳的不一致が顕在化するオンタリオ州の現地調査として、教員組合、権利団体、研究者、歌手、教育委員会にインタビューを遂行した。総じて、第3の課題にとりかかるうえでの検討事例・理論研究を蓄積したと同時に、補充すべき課題を明らかにした。
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