研究課題
本研究の目的は記憶再生時のシナプス入力の時空間パターンを可視化することで、記憶固定を支える細胞選択的な再活性化のメカニズムに迫ることである。これを実現するため、はじめに、sharp waves/ripples発生時に受けるシナプス入力を可視化する系を確立した。当初は急性スライスを用いたイメージングを予定していたが、十分なスパイン数が確保できなかったため培養スライスに切り替えて実験を行った。培養スライスで観察されるsharp waves/ripplesがin vivoで観察されるsharp waves/ripplesと同様性質を持つことを確認するため、薬理学的な検討とCSD解析を行った。これらの結果から、培養スライスにおいてもsharp waves/ripplesが可能であると結論づけた。また、イメージングを行う直前にセルアタッチ記録を行うことで、sharp waves/ripplesに参加する細胞としない細胞を区別することに成功した。これまでに、上記手法を用いて、記憶再生に参加する細胞がsharp waves/ripples発生時に多数の同期入力を受け取ることを発見した。また、この入力は空間的に近接したスパインが高頻度に受け取っていることを見出した。こうしたクラスター入力は神経細胞を効率よく活動させる際に有用であることが報告されており、本研究により発見されたsharp waves/ripples発生時のクラスター入力が特定の細胞の再活性化に関与している可能性がある。今後はシナプス入力の時空間パターンをより詳細に解析し、sharp waves/ripples発生時特異的な入力のパターンの抽出を行う。
2: おおむね順調に進展している
当初は急性スライスを用いた実験を予定していたが、十分なスパイン数を確保できないことと高速撮影が困難であったことから培養スライスを用いた実験に切り替えた。その結果、急性スライスでは20スパイン程度の形態を10 Hzの速度で撮影するのが限界であったのに対し、培養スライスを用いることで最大300個以上のスパインから100 Hzという大規模な高速イメージングが可能になった。また、イメージングを行う直前にセルアタッチ記録を行うことで、記録細胞がsharp waves/ripplesに参加するか否かを統計学的に判断することが可能になった。これらの手法を用いることで、すでにsharp waves/ripples発生時のスパイン活動の時空間パターンの再構築に成功しており、申請内容の検証を大きく変更することなく進めている。これまでに、sharp waves/ripplesに参加する細胞とsharp waves/ripplesに参加しない細胞の入力頻度に差が見られることを発見した。また、このシナプス入力は空間的に近接したスパインで高頻度に観察されることも確認している。クラスター入力の存在は、所属研究室において報告してきたが、「どの細胞が、いつ」受け取るのかに関してはほとんど明らかになっていなかった。本研究は、「記憶の再生に参加する細胞が、sharp waves/ripples発生時に」クラスター入力を高頻度に受けることを示唆するものである。
sharp waves/ripples発生時のシナプス入力の時空間パターンに着目し、より詳細な解析を行う。特に、近接したスパインが入力を受けるクラスター性とスパインの活動シークエンスに重点を置いて解析する。海馬ではsharp waves/ripples発生時に特定の細胞が順番に活動するスパイクシークエンスの報告が数多くなされている。しかし、スパインの活動シークエンスに関しては全く報告されていない。スパインの活動シークエンスは技術的な制限から観察が困難であったが、本研究で立ち上げた高速イメージングではシークエンスの有無についての議論がはじめて可能になる。そこで、記録したスパイン活動の中にシークエンスが存在するか否かを網羅的に検証する。さらに、上記実験により得られたシナプス入力の時空間パターンと細胞体への入力総和量(EPSC)をもとにNEURONと呼ばれるシミュレータを用いて数理的なシミュレーションを行い、特徴的なパターンの機能に迫る。シナプス入力の時空間パターンを操作し、その際の細胞の膜電位変動を予測することで、特徴的なパターンが特定の細胞集団を活動させうるか確認する。これらの検証により、sharp waves/ripples発生時の記憶再生を支える情報演算機構に迫りたいと考えている。
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Science
巻: 369 ページ: 1524-1527
10.1126/science.aao0702