本研究が解明しようとするのは、古代インド仏教の一学派である根本説一切有部の<経蔵>の内容である。<経蔵>とは仏教の教義を伝える<経典>とよばれる文献の集成であるが、根本説一切有部の伝承した<経蔵>は現在では一部を除いて散逸している。この文献群の内容をあきらかにするためには、同派の僧院規則集すなわち<律蔵>である「根本説一切有部律」という文献が重要資料となる。本研究はこの文献から<経典>に相当する記述を抽出するとともに、<経蔵>と<律蔵>とがその成立過程においていかなる関係にあったかを考察する。 本年度も、昨年度にひきつづき「律事」に含まれる経典を抽出する作業を進めたが、このなかで<経蔵>と<律蔵>の相互関係にかかわる重要な事例が複数発見された。すなわち、これらの事例ではすでに確立した<経蔵>から<経典>が取り出されて<律蔵>にとりこまれたこと、いいかえれば本来<律蔵>に存在した記述が後に<経典>となったのではないことが証明されるのである。これを国際セミナーにおいて発表したのち論文にまとめた。 このほか「雑事」漢訳・チベット語訳において特異な<経典>対応記述群を発見し、その比定と分析をおこなった。これについては2019年に国内学会での発表を予定している。 また比較的近年まで学界に知られていなかった「根本説一切有部律」サンスクリット語写本断片群について、概括的な報告を国内学会においておこない、この内容を雑誌論文として出版した。さらに、上記の写本断片群の一部についてはさらなる解読の可能性が開けたため、写本が保管されているノルウェーにおいて写本の現況を調査し、写真撮影等を行った。これにより、「根本説一切有部律」のなかの従来チベット語訳と漢訳でしか知られていなかった箇所から、<経典>への言及を含むかなりの量のサンスクリット原文を得ることができた。
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