本研究は、言語地理学的手法による現代方言研究と、史的文献研究を統合して、中国語における常用語彙の歴史的変化を分析するものである。史的文献研究と言語地理学的研究を高度な水準で統合することを目的として、基礎研究と応用研究の二段階を設定した。2年目にあたる本年度は、基礎研究をさらに推進しつつ、応用研究として史的文献における語彙交替のメカニズムと現代方言との関連性、史的文献で観察される同義衝突現象について考察する段階と位置付けた。 基礎研究として、「雨が降る(It rains)」「顔(face)」を表す言語形式などをとりあげた。まず言語地理学的手法によって現代方言分布の分析・解釈を行い、その成果はすでに東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所より電子刊行物として発表されている(「顔」は近刊予定)。史的文献調査については、「雨が降る」はまだ途上であるが、「顔」は後述のように先行研究を利用して共時的研究との統合を試みた。 応用研究として、「顔」を例にとり語彙交替のメカニズムを考察した。「顔」を表す言語形式は、現代方言において南北対立を示し、南方の“面”系が北方の“臉”系より古いと推定される。また、狭域地図の分析により、「頬」を表す語形などの指示対象が拡大して「顔(全体)」を表す現象が観察された。一方、史的文献による先行研究では、かつては“面”が主導的地位を占め、その後もともと「頬」を指した“臉”が「顔(全体)」へと指示対象を拡大するとともに“面”に取って代わったと結論づける。この交替過程は、現代方言研究の結果と一致するものであるが、“面”>“臉”の交替は実際には北方方言に認められる変化にすぎず、南方方言では“面”が堅持されている。これらの分析によって、語彙交替の一側面が明らかになったと言える。
|