青森県西部で話されている津軽方言では、対格(目的語)標示の機能をもつ形式が、無助詞も含めると7つ「φ(無助詞)、ヲ、バ、トバ、ト、ゴト、ゴトバ」確認される。当該方言では、他の東北方言と同様に、主格と対格は無助詞が普通であり、対格名詞の7割強は無助詞で現れる。本研究では、出現頻度は3割に満たないにもかかわらず有形の形式が多数存在する理由を追究するべく、有形諸形式の使い分けの動機の解明を試みた。なお、他の東北方言では、有形の対格形式は、あっても2つほど(「バ」と「ゴト」など)である。 本研究の結果、有形の対格標識のうち方言固有形の「バ、トバ、ト、ゴト、ゴトバ」については、より少ない3つの助詞「バ、ト、ゴト」に還元できる。 方言固有の「φ(無助詞)、バ、トバ、ト、ゴト、ゴトバ」の使用動機については、フローチャート化することができた。すなわち、0「対格名詞句の使用」>1「φでも対格と理解可能か」>2「前接名詞句の意味的性質を標示するか」3a「(前接名詞句が)有生かつ特定であると標示するか」(>3b「(前接名詞句の)焦点化をするか))>4a「人間名詞であると標示するか」(>4b「(前接名詞句の)焦点化をするか))という選択肢を措定した。これにおいて、0-1で満たされれば「φ」を使用することになり、0-1-2まで行くと「バ」そ使用することになる。その他も同様に、0-1-2-3aなら「ゴト」、0-1-2-3a-3bなら「ゴトバ」、0-1-2-3a-4aは「ト」、0-1-2-3a-4a-4bは「トバ」となる。なお、「ヲ」は標準語的なスタイルが意識される場合に現れやすい。 通言語的に、対格形式が複数存在する場合、前節名詞句の有生性や特定性が効いていることはよくあるが、本研究によって、焦点助詞も対格形式を構成しうることが明らかになった。一般言語学で注目されている示差的目的語標示に重要な示唆を与える結果となったと言える。
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