本研究の目標である「明治期法律用語の成立パターンの解明」のため、本年度は次のことを行った。 1、前年度には箕作麟祥『仏蘭西法律書 民法』、明治23年に公布された日本民法(旧民法)、明治29年に施行された日本民法の3つの資料を比較し、「3つの資料で同じ用語が使用されているもの」「『仏蘭西法律書 民法』のみ用語が異なるもの」「3つの資料で同じ用語が使われているもの」の3カテゴリーに分類した。本年度はこれらのカテゴリーに分類された用語の詳細な用語変遷調査を行ったところ、「善意」という法律用語が法律用語として登場したのちに、日常的な言葉として使用されるようになったことが明らかになった。 2、この「善意」について、法律用語として使用されるようになった後に一般用語として使用されるようになるまでの過程も含めて、さらに調査を行った。 「良い心」や「親切心」といった意味を持つ一般語としての「善意」は古代中国に存在していた漢語である。しかし、近世までの日本においては用例が見られず、少なくとも日常的に使われる語ではなかった。今回の調査における一般用法の「善意」の最初の例は明治29年で、明治40年前後から雑誌、新聞や文学作品、辞書にも記載されるようになった。一方「あることを知らないこと」という意味を持つ法律用語としての「善意」はフランス語bonne foiの訳語として、明治10年頃に生まれ、明治15年頃から急速に普及し始めた。この調査結果から、法律用語としての「善意」が法学者の間で普及し始めた明治15年頃には、一般語としての「善意」が使われことがなく、「善意」は専ら法律用語として用いられてきた。その後明治30年代以降から、一般用法の「善意」の使用が日常的に使われるようになったことが解明された。この「善意」の例により、明治期に生まれた法律用語が、当時の一般語の形成にも影響を与えていることが明らかになった。
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