獣類による農作物加害の増大に伴い、摂食内容を評価する手法が必要とされていることに鑑みて、糞にどの程度農作物が含まれているかを定量的に評価するための技術開発をおこなった。農作物の摂食を評価するために、農作物が野外植物より高い窒素同位体比を示すことを利用する手法が考えられる。しかし、糞は難消化物以外にも獣類自身の代謝物を含み、餌の窒素同位体比が糞の値にどの程度反映されるかは不明である。そこで、重要な加害獣であるシカを対象とし、糞の窒素同位体比の決定要因を解析した。 19の動物園よりニホンジカの毛・糞・餌の提供を受け、窒素同位体分析に供した。ほとんどの園で牧草が施与されていた一方、園によって、酵母を含む配合飼料 (窒素固定由来の窒素成分 ≒ 0‰)、野菜 (施肥由来の窒素分 > 0‰)、野外植物 (< 0‰) を与えていた点で餌組成が異なった。これら試料について、個体の性質 (性別・亜種の違い) およびシカ自身の体組織 (毛) と餌の窒素同位体比が、糞の窒素同位体比に及ぼす影響を検討した。 同じ餌を与えられた単一の動物園由来の37個体の窒素同位体の解析からは、オスの毛窒素同位体比はメスよりも約0.3‰低かった。これに対し、毛の窒素同位体比は動物園間で最大8.5‰ 最小5.0‰、糞の窒素同位体比は最大7.4‰ 最小2.1‰の値を示し、性差以上に餌の違いが体組織と糞の窒素同位体比に影響を及ぼしたと考えられた。また、ほぼ同一の窒素同位体比を持つ餌を施与していた園での分析からは、餌に比べて糞は約1.4~3.4‰高い窒素同位体比を示した。これらの結果から、糞同位体比の決定要因として、飼育条件下における餌の窒素同位体比に起因しない不確実性は2‰以内であり、同一地域内に存在する農作物と野外植物の窒素同位体比がそれ以上に異なっていれば、糞窒素同位体比がシカの農作物摂食の指標となると結論付けた。
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