研究課題/領域番号 |
17H07397
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研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
井口 翔之 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 太陽光発電研究センター, 研究員 (20803878)
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研究期間 (年度) |
2017-08-25 – 2019-03-31
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キーワード | 人工光合成 / 光電極 / 有用化学品 / 海水 / オキシ水酸化ニッケル |
研究実績の概要 |
本課題は、人工光合成反応により太陽光をエネルギー源として製造した次亜塩素酸を用いて、有用な酸化剤であるオキシ水酸化ニッケルを生成し、太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換して比較的安定な形で蓄積するための、基礎技術開発を行うものである。太陽光エネルギーの有効利用方法について、様々なアプローチで盛んに研究が進められているが、得られた化学エネルギーを安定に貯蔵することが大きな課題となっている。本年度(約6ヶ月間)の研究では、太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換する部分(すなわち、人工光合成反応)の効率向上を重点目標として研究に取り組んだ。具体的には、電解液量5 mLのアクリル製1室セルを新規設計・製作し、カソード電極の検討により生成する次亜塩素酸濃度の増大、及び反応に必要の外部バイアスの低減に取り組んだ。その結果、これまでに比べて、次亜塩素酸の生成に必要な外部バイアスを大幅に小さくすることに成功した。また、海水(人工海水)から、ノ―バイアスで(太陽光のエネルギーのみで)有用化学品を製造できることを見出した。その際、海水中の主要アニオンである塩化物イオン(Cl-)の酸化生成物である次亜塩素酸だけでなく、微量に含まれる臭化物イオン(Br-)の酸化生成物である次亜臭素酸も同時に生成した。次亜臭素酸も、殺菌・消毒剤として幅広い用途で使用されている重要な化成品である。一方、大型放射光施設でのX線吸収端微細構造(XAFS)スペクトルの測定により、オキシ水酸化ニッケルの定性的な解析を試みたが、次亜塩素酸による処理前後のスペクトル変化が確認されなかった。次年度は、電気化学的な手法により定性的・定量的にオキシ水酸化ニッケルを分析し、太陽光と海水からのエネルギー変換反応によりオキシ水酸化ニッケルが生成することを明確に示すと共に、その利用性についても検討したいと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度(約6ヶ月間)は、人工光合成反応の効率向上に重点的に取り組んだ。太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換する反応の中核を担うものが「光電極」である。光電極自体の高性能化は、多くの研究者が抱える大きな課題であることは明らかであるが、高性能化のためのストラテジーを明確にするためにも、多くの時間を費やすことが必要となってしまう。そこで本研究課題においては、反応系全体の改良を行うことによって、効率の向上を試みた。新しく設計・製作したアクリル製の1室反応セルでは、「イオン交換膜を使用しないこと」及び「2極間が物理的に近いために液抵抗を減らせること」により、これまでと比べて、太陽光エネルギーの変換効率の向上に成功した。また、同様の理由により、反応の進行に必要な外部バイアスが大きく低減され、外部バイアスなし(太陽光エネルギーのみ)で反応が進行すること見出した。この点に関しては、対極の材料を、バルクの白金ではなく、白金ナノ粒子を炭素材料上に分散させたガス拡散電極へ変更したことも、大きく寄与したと考えている。さらに、様々な成分を含む人工海水を電解液として使用する検討も行った結果、外部バイアスなし(太陽光エネルギーのみ)で反応が進行し、電解液である人工海水中に有用化学品である次亜塩素酸が生じることを見出した。また、海水中には塩化物イオン(Cl-)だけでなく臭化物イオン(Br-)も含まれているが、Br-の酸化生成物である次亜臭素酸の生成も同時に確認した。30分程度の太陽光照射により生成した次亜塩素酸と次亜臭素酸の合計濃度は、飲料水の消毒剤として用いるのに十分なものであった。 その一方、オキシ水酸化ニッケルの定性的な分析は、予定通りに進行しなかった。水酸化ニッケルの最表面だけが酸化されていると考えられるため、平均情報をもたらすXAFSでは酸化前後の差を明確にできなかったと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
オキシ水酸化ニッケルの定性的・定量的な分析について、XAFSやRamanスペクトルの測定といった分光学的な検討を継続すると同時に、電気化学的な分析も検討する。オキシ水酸化ニッケル(酸化体)は、水酸化ニッケル(還元体)との間で、電気的に充電・放電を繰り返す材料であることが広く知られており、酸化電流・還元電流を分析することにより、水酸化ニッケルの最表面だけに生成した酸化体についての情報も得ることができる。これまでの報告例を参考にして、化学エネルギー蓄積材料としてのオキシ水酸化ニッケルを評価できる手法を確立する。その上で、今年度の研究において確立した海水からの有用化学品生成反応(人工光合成反応)と組み合わせ、次亜塩素酸・次亜臭素酸を含む海水を連続的に注入することによるオキシ水酸化ニッケルの生成実験に取り組む。これにより、太陽光エネルギーの有効利用方法の一つとして、オキシ水酸化ニッケルへのエネルギー変換反応を示すことができると考えている。また、状況に応じて、オキシ水酸化ニッケルの応用的な利用方法についても検討することを予定している。
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