本研究では液胞型ATPアーゼ(以下V-ATPase)と呼ばれる酵素の特異的阻害剤であるバフィロマイシン(以下Baf)の作用機序解明に向け、両者が形成する複合体の構造を固体NMRにより解析することを目指した。本年度は前年度に引き続き脂質膜中におけるBaf誘導体の挙動解析を行った。その結果、活性の失われた誘導体は活性の保持されたものに比べて脂溶性および脂質膜への親和性が有意に低下していることが明らかとなった。さらにこれら誘導体についてNMRを用いた種々の解析を実施したところ、分子内水素結合によって形作られるBafの立体配座がBafの高い脂質膜親和性に寄与していることが示唆された。以上の結果は、Bafの特徴的な構造がV-ATPaseへの結合親和性のみならず脂質膜への親和性も向上させており、これがBafの高いV-ATPase阻害活性発現に重大な寄与を持つことを示唆している。 本研究ではこれまで深く議論されることのなかった「脂質膜環境下におけるリガンド分子の挙動が生理活性に及ぼす寄与」の重要性を新たに示すことに成功している。よって本研究で確立された方法論および得られた知見は、Bafを始めとした脂溶性リガンド分子の活性発現機構をより正確に理解する一助となり、ひいては今後の生化学および創薬研究の発展に貢献するものと考えられる。
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