本年度は、①昨年度に続いて2003年十勝沖地震(Mw 8.0;以降、十勝沖地震)前の地殻変動モデルの構築に取り組み、結果の一部を学術論文化した。さらに、②その結果と昨年度までに構築した地震時すべりと余効すべりのモデルを組み合わせて、千島海溝南部の地震サイクルモデルを構築し、その結果を博士論文としてまとめた。本項では①について述べる。 先行研究で得られていた十勝沖地震前の固着分布のモデルには、プレート収束速度を超えるすべり欠損速度や、地震活動や温度構造からは固着が想定されない深さにおける顕著な固着等、物理的に不自然な特徴が含まれていた。これらの特徴を解決するために、有限要素法を用いて、マントルの粘弾性や、上盤プレートの不均質構造を考慮した沈み込み帯の地下構造モデルを構築した。構築した構造を用いて、地震間の固着に伴う弾性・粘弾性変形をフォワード計算し、GNSSによる十勝沖地震前の地殻変動と比較した。その結果、火山弧域や背弧域のプレートが前弧域より変形しやすいことが明らかになった。この結果は、地殻熱流量や地震波の速度構造や減衰構造とも定性的に調和的である。さらに、拘束した地下構造モデルを用いて、インバージョン解析により詳細な固着分布を推定した。その結果、先述の不自然な特徴は解決され、完全固着の深さが十勝沖地震の本震や1973年根室沖地震のすべり域の下限よりも浅くなった。この結果は地震間の固着分布の時間変化、とりわけ本震に先駆けた固着の縮小の可能性が示唆している。不均質構造と粘弾性緩和の両者を考慮した場合でも、海溝付近の固着を解像することはできなかった。このことは、海溝付近の固着を解像するためには、海底地殻変動データが必要不可欠であることを示している。
|