研究実績の概要 |
芳香族求核置換反応(SNAr)は古典的な有機反応の一つであり、Meisenheimer中間体を経由して進行する 。このMeisenheimer中間体の安定化のために、芳香環上にはニトロ基などの強い電子求引基が必須である。一方、近年ではこの制限を受けない協奏的芳香族求核置換(CSNAr)という反応形式を経る反応が報告されている。(Ritter et al. J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 11482.; Nature 2016, 534, 369.)。 CSNAr機構は芳香族求核置換反応における基質の電子的な制限を克服しうる反応機構と言えるものだが、未だ十分に研究がなされていない反応機構である。そのため、この機構を取り込んだ触媒反応はこれまでに報告例がない。そこで私は、CSNAr機構を含む最初の触媒反応の開発を目指し、種々検討した。 上記の触媒反応を達成すべく、アクリルアミドを有するフッ化ベンゼンを基質とする分子内環化反応を設計した。既報により、アクリルアミドはNHC触媒と反応し、β位にアニオンを生じる( Fu, G. C. et al J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 1472.)。このカルボアニオンがフッ素のイプソ位を求核攻撃することで、フッ化ベンゼンに強い電子求引基がなくとも芳香族求核置換が進行すると仮説を立てた。CSNAr機構では脱離基のイプソ炭素のπ*軌道に対して電子が流れ込み、協奏的に脱離基が脱離して反応が進行すると考えられている(Jacobsen, E. et al. Nature Chem. 2018, 10, 917. )。種々、電子供与能の高いNHC触媒を合成した結果、下記のアニシル基を有する独自のNHC触媒を用いることで目的の分子内環化が効率的に進行することがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の研究計画では、ハロゲン化物と有機金属試薬とのクロスカップリングは現代社会に不可欠な物質の生産に多用される汎用性の高い触媒反応のさらなるクロスカップリングの高度化に向け、以下の研究目標を設定した。①環境負荷の大きなハロゲン化物ではなく、安全・安価で天然に豊富に存在するフェノール誘導体を使用。②Grignard試薬や有機ホウ素試薬といった有機金属試薬ではなく、ベンゼンC-H結合を直接利用。種々検討した結果、申請者はベンゼンC-H結合活性化に有効なロジウム触媒にC-O結合活性化能を付与し、目的の反応を開発した(Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 1877.)。さらに、この不活性C-O結合の切断を「ロジウム触媒」により達成したことを利用して様々な反応を開発してきた。、これまで不活性C-O結合切断反応はニッケル触媒に偏重しており、そのことが反応形式の多様化を妨げていた。C-H結合の他にも、ニッケルでは適用できないカップリングパートナーとの新規反応を開発するための礎を築いた。実際に、ロジウム触媒を用いたフェノール誘導体の還元反応(Synlett 2017 28, 2569.)、薗頭反応(Org. Lett. 2018, 20, 2108.)を開発し、報告した。 今回のNHC触媒を用いる反応開発は当初三年間で計画していたロジウム触媒を用いた不活性C-O結合の変換反応を1年半で完了させたために着手している研究課題であるので、当初の計画以上に進展していると言える。
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