本研究では室内温熱環境が居住者の健康寿命/要介護状態に及ぼす影響およびそのメカニズムを解明することを目的として、「実測・アンケート調査」と「統計データ解析」の2つのアプローチから研究を進めた。二年目までに実施したフィールド調査では「寒冷な住宅に住み、さらに経済的な不安を抱える高齢者は虚弱のリスクが高い」こと、さらに「寒冷な住宅に住む者は初めて要介護認定された際の年齢が低い(=健康寿命が短い)」ことを明らかにした。これまで既往研究で低所得と健康リスクに関連があることが指摘されてきた中で、住宅の室温がさらなるリスク因子になり得るという新たな視点を提示したことで、本研究は健康維持増進に向けた建築環境工学からのアプローチの有用性を示した。こうした健康、住宅、貧困の複合的な課題は「燃料貧困」という概念のもと、特に英国を中心とした西欧諸国で研究や住宅政策の検討が進みつつある。そこで本年度は日本の燃料貧困の問題に関して統計データを活用して分析することで、フィールド調査で得られた知見に対する考察を深めた。分析の結果、高齢、独居、低所得世帯で燃料貧困のリスクが高く、こうした世帯を対象とした公的サポートによって住宅の断熱性能を向上させることが燃料貧困リスクの低減、ひいては居住者の虚弱リスクの低減のために有効であることが示された。また、燃料貧困世帯割合の全国分布を検討したところ、燃料貧困世帯は首都圏と比較して地方で多い傾向にあることが明らかになり、現行の住宅省エネ基準で気候条件に基づき断熱性能基準が設定されている現状では燃料貧困の課題に十分にアプローチできていない可能性が示された。分析に際しては初年度に短期留学したスウェーデン ルンド大学Centre for Ageing and Supportive Environments (CASE)の研究者と遠隔での打ち合わせを重ねながら執筆を進めた。
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