研究課題/領域番号 |
17J00686
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研究機関 | 成城大学 |
研究代表者 |
横道 仁志 成城大学, 文学研究科, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | 美学 / 中世美学 / 秘跡 / 聖体 / 美 / 肉 / ボナヴェントゥラ |
研究実績の概要 |
本年度の研究では、ボナヴェントゥラの思想における「肉」の意義を解明するべく、彼の秘跡理論、とくに聖体理論を集中的に検証した。彼の思想体系においては、上位の認識活動の「権威」に下位の認識活動が同意することで後者の活動が実現に至るという図式が貫徹されている。ということは、裏を返すと、権威は下位の認識活動から同意されないかぎり権威たりえない。したがって、認識活動の下位原理としての「肉」を彼がどう取り扱っているかについての考察が、彼の思想、とりわけ感性論を総体的に把握するために必要となる。 検証の結果、ボナヴェントゥラは秘跡の三つの構成要素(①秘跡単体、②事柄単体、③秘跡かつ事柄)のうち、第三項の「秘跡かつ事柄」に一種の認識不可能性を措定しているという事実が判明した。聖体拝領を例にとると、パンにキリストの肉体が現前することで、パンは聖体に転回する。この意味で、パンの見た目(秘跡単体)と合一の恩寵(事柄単体)を橋渡しして聖体を聖体たらしめるのは、「秘跡かつ事柄」としてのキリストの現前である。しかし同時に、この現前は純粋な「転回」、つまり一方から他方への移行でしかない以上、把捉も言語化もできない。よって、秘跡の体験は転回の体験である。拝領者が聖体を食べるとき、彼は舌の上に広がるパンの味を否定することを通して、キリストを信仰で味わう境地に転回(回心)する。この意味で、ボナヴェントゥラの思想において、信仰は肉の抑制、肉の否定をその質料的内容としている。 注目すべきは、転回をめぐるこのボナヴェントゥラの説明が、彼の美の定義と一致しているという事実である。このことは、彼の美論が単に快感情のみを対象としているのではなく、表面上は醜悪であったり、苦痛に満ちていたりする聖人の殉教的生をこそむしろ「美」として思考している可能性を示唆している。以上の考察については、第69回美学会全国大会で発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ボナヴェントゥラの秘跡理論の考察を通して「肉」の概念をめぐる彼の理論的態度を検証するという当初の研究目標については、一定の成果を得た。ただし、達成状況がまだ満足いくものではないという点でも、新たな課題が出てきたという点でも、課題が多い。この意味で、本年度の研究の進捗経過には長所短所両面がある。 長所については、ボナヴェントゥラの思想を美学の観点から総合的に取り扱うための基本的方法論が定まったことが挙げられる。本年度の研究の結果、ボナヴェントゥラが彼の聖体論の中で言及する「転回」は、同時に彼の創造論、存在論、感性論をも整合的に説明する、汎用概念であると判明した。この意味で、ボナヴェントゥラの神学が間接的に美学にどう関わりがあるかという迂遠な議論ではなく、彼の神学は美学に他ならないと直裁に主張するための足がかりが得られた意義は大きい。 短所については、以上の議論を説得力ある論証にまで昇華できておらず、具体的な文献調査の作業を多分に残していることが挙げられる。とくに先行研究の確認に関しては、中世美学と中世秘跡理論・聖体理論の両面から進めていく必要がある以上、要求される文献量に比して進捗は大幅に遅れているとせざるを得ない。 以上の経過をかんがみて、本年度の研究の進捗状況は「やや遅れている」とした。
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今後の研究の推進方策 |
第一に、本年度の研究経過を引き継いで、ボナヴェントゥラの秘跡理論・聖体理論に関連する各種文献資料の調査を続行する。第二に、ボナヴェントゥラの研究に関して、調査の範囲をフランシスコ会の制度論にまで拡張する。周知のとおり、フランシスコ会神学の基礎を築いたのは、ボナヴェントゥラに他ならない。しかし、清貧の理念をめぐる彼の修道会論とその他の分野の議論(存在論、感性論etc.)がどのような関係にあるのかという問題について、これを整合的に論じている先行研究は見当たらない。これに対して本研究は、霊とは肉の克服であるという構図を適用するなら、ボナヴェントゥラの修道会論をより包括的・体系的な観点から検証できるのではないかと推定する。この作業仮説のもとに、彼の感性論・秘跡論・制度論を統一的に考察していくのが、次年度の研究方針である。
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