ムカデ(Scolopendra subspinipes mutilans)は,陸上においては脚運動により歩行する一方で,水中では胴体の屈曲運動により遊泳する.こうした振る舞いは,脚や胴体といった身体部位に有する多数の自由度の協調パターンを巧みに変化させることで実現されている.本研究では,このムカデが示す環境適応的な運動パターン生成に着目し,その発現機序を明らかにすることで,生物が有する柔軟な運動制御の本質に迫ることを目的とした. 以下,最終年度の研究実績について報告する.本年度は,ムカデの歩行・遊泳間の遷移現象に内在する運動制御構造をより深く理解すべく,前年度までの行動学的知見に加え,身体中央部で前後の神経接続を切断した個体を用いて陸上と水中での振る舞いを観察する実験に取り組んだ.その結果,脳などの上位中枢からの運動指令は,歩行には必ずしも必要ではないが,遊泳には不可欠であることが示唆された.この新たな知見に基づき,本年度は上位中枢指令とローカルな接地感覚情報に基づくフィードバック制御が有機的に連関した運動制御モデルを再構築し,歩行・遊泳間の遷移現象,および神経切断時の振る舞いをシミュレーション実験により再現することに成功した.本研究成果は,ムカデの環境適応的な運動生成メカニズムの本質理解に大いに資するものであり,工学においても水陸両用ロボットの制御系設計に有益な知見を与えるものと期待される.以上より,本研究課題の目的は概ね達成されたと考えている.
|