研究課題/領域番号 |
17J01103
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
笠原 良太 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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キーワード | 炭鉱閉山 / 尺別炭砿 / 夕張 / 炭鉱の子ども / 青年期 / ライフコースの軌道修正 |
研究実績の概要 |
本年度は以下の4点を実施した。まず、炭鉱事故・閉山に関する作文分析にむけ、その意義と課題を検討した。成果論文は「石炭産業研究における作文資料の可能性と課題」である。本論文では、作文分析が地域史の再編に貢献するとともに、閉山や事故が子どもたちにおよぼした短期的影響や内的葛藤、将来展望の解明を通して、ライフコース研究に貢献する可能性を指摘した。 上記の実践編として、尺別炭砿閉山(1970年)時の中学生の作文(214名分)分析を実施し、生活史聴き取り調査(計44名)結果と合わせて考察した。その結果、子どもたちが閉山にともなって転出と生活環境の変化を経験し、不安と意気込みを作文に記したこと、転出後、社会関係や人間行為力を活用して比較的スムースに適応していったことが明らかとなった。成果として第90回日本社会学会大会一般報告を行った(タイトル「歴史的出来事との遭遇と青年たちの危機的移行」)。 加えて、尺別の比較対象として、夕張市内の炭鉱と中学生に関する調査も進めた。まず、北炭夕張新鉱事故(1981年)の作文(578名分)分析を行った。「期待の炭鉱」であった新鉱の凄惨な事故は、多感な中学生たちに大きな影響を及ぼした。とりわけ、父親を失った生徒と進路選択を前にした中学3年生に、将来への不安をもたらした。この結果を、海外学会にて報告し、同学会研究雑誌に論文(“Children’s Experiences of the Coal Mine Disaster”)を投稿し、掲載された。 このほか、1973年に閉山した三菱大夕張炭鉱と、1987年に閉山した北炭真谷地炭鉱に関する中学生の作文分析も進め、その結果を夕張市で開催された「第55回鹿の谷ゼミナール」にて報告した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の第一課題である「中学生の作文データベース化ならびに分析」については、①専門業者に委託してデータベース化、②作文分析の意義と課題を明示した論文の執筆、③実際に尺別・夕張作文の分析と海外学会での報告・論文投稿を通して進めた。これらを通して、閉山という歴史的出来事が青年たちに多大かつ複雑な短期的影響(心理的ストレス、社会意識や進路意識の変容など)をもたらしたことが明らかとなり、ライフコースの攪乱を同定した。また、海外の学会報告では、今日もなお「生きている炭鉱」を有する各国の研究者たちから貴重なアドバイスをもらい、今後の国際的な研究にむけた手がかりを得た。 そのうえで、第二の課題である「尺別炭砿閉山時中学生の生活史聴き取り」に取り組み、ライフコースの軌道修正過程の解明を試みた。ここでは、東京尺別会(同郷会)ならびに尺別炭砿中学校同期会の協力を得て、全国に居住する同中学校卒業生を紹介してもらい、座談会の実施や個別の聴き取り調査を実施した(計44名)。この調査を通して、閉山を経験した中学生たちが、上記の短期的影響を受けながらも、社会関係や人間行為力(human agency)を活用して適応しようとしたことが明らかになった。この内容を日本社会学会大会にて報告し、国内の教育社会学者ならびに階層研究者からアドバイスを受けた。 そして、第三の課題であった「三菱大夕張炭鉱の中学生に関する調査」は、閉山当時(1973年)の作文分析を中心に展開し、前述の新鉱事故ならびに真谷地炭鉱閉山(1987年)に関する作文を用いたコーホート間比較をおこなった。これにより、産業・地域衰退が深刻化していたタイミングで閉山を経験した若年コーホート(真谷地炭鉱)で、より多くの適応課題に直面したことが明らかになった。この結果を夕張市において報告し、現地の関係者、当事者から具体的な意見を得た。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究方策は、主に以下の2点に集約できる。第1は、閉山に関する中学生の作文分析の継続と論文執筆である。初年度に実施した尺別炭砿ならびに夕張市内炭鉱(主に三菱大夕張炭鉱、北炭夕張新鉱、北炭真谷地炭鉱)に関する中学生の作文分析をコーホート間・内で比較し、結果を取りまとめる。すでに作文はデータベース化しているため、閉山直後・社会移動前の青年たちの進路意識ならびに地域・家族・友人等に関する意識の変容を量的・質的に把握する。これにより、社会変動に直面した青年たちの短期的影響と社会関係、作文にみられる「適応」への意思表明を解明する。 第2は、閉山後、移動後の適応過程に関する調査と分析である。尺別炭砿閉山時の中学生(尺別炭砿中学校第23~26期生)への生活史聴き取り調査を継続し、併せて、質問紙調査による補完的調査を年度前半に完遂する。とりわけ、同期会を通して、これまで接触できなかった層(組夫の子ども、中卒就職者など)にアプローチする。これにより、閉山を経験した青年たちの進路選択、意識の変容を質的に把握し、閉山による中期的影響、適応過程とその多層性を明らかにする。 そして、上記2つの調査・分析結果をまとめ、博士論文を執筆する。作文分析、ライフコース調査(質問紙調査)、生活史聴き取り調査の結果を連結して整理し、先行研究では十分に検討されなかったライフコース軌道の修正プロセスを論証する。 具体的なスケジュールは、以下の通りである。①作文分析、結果のとりまとめ(夕張:5月、尺別6月、投稿論文ならびに学会報告としてまとめる)。②尺別炭砿中学校第23~26期生への生活史聴き取り調査の実施(214名中、釧路在住48名、札幌在住13名、東京在住48名ほか7~9月)。なかでも対象者が多く所在する北海道釧路市に長期滞在し、集中的な調査を行う(8月)。③博士論文執筆(10~3月)。
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