本年度は,当研究課題の総仕上げとして,データの再分析および論文の執筆作業を行った。論文については,これまでに執筆した学術論文をふまえつつ,全体の統一性を図りながら,全8章構成の博士論文にまとめていった。本研究の成果の集大成である博士論文の概要を以下にまとめる。 まず学力格差に関する日本の先行研究をふりかえり,学力格差の拡大メカニズムを検討することが重要課題であることを指摘した。そしてこの課題を考える際,学力の集団差と学力の個人差の違いを区別することが必要であると述べた。これまでの研究においては,理論的にも実証的にも,学力の集団差に関する問い,つまり,「なぜ学力の階層差は拡大するのか」という問いに重点が置かれていたが,学力の個人差に関する問い,すなわち「なぜ学力は変化しにくいのか(一度低学力になるとそこから抜け出しにくいのはなぜか)」という問いを検討することが求められることを説明した。そしてこの問いを検討するために,「累積する有利/不利」という理論枠組みを設定し,「勉強が得意な子はますます得意に,苦手な子はますます苦手に」という現象のメカニズムに関する仮説を設定した。具体的には次の3つの仮説,「スキルの自己生産性」仮説,「双方向因果」仮説,「補償的有利」仮説を設定した。これらの仮説について,学力のパネルデータを用いて,それぞれ実証的に検討した。 続いて,公立中学校のフィールド調査において,特定の生徒を3年間追跡調査したデータをもとに,低学力の生徒が学校を過ごす中でどのような困難を抱えているか,低学力の状況を脱するうえでどのような障壁があるのかを検討した。そのうえで,フィールド調査データをもとに,「学力格差の拡大を食い止めるために,学校はどのような平等観のもとで,どのような実践を行っているか」という問いについて検討をくわえた。
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