研究課題/領域番号 |
17J01552
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
鵜尾 佳奈 大阪大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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キーワード | 芸術社会学 / 戦後アメリカ美術 / パトロネージ研究 / 美術市場 / 労働者としてのアーティスト / ミニマル・アート / コンセプチュアル・アート / ロバート・モリス |
研究実績の概要 |
本研究は、ミニマル・アートにおける画商・コレクターの役割と、急速に発展する美術市場と作家たちがどのように対峙し、態度表明していったかを明らかにするものである。ミニマル・アートと呼ばれる美術動向が語られるとき欠かすことのできない作家であるロバート・モリスは、反権力の思想から抗議行動を行いながら、パトロンたちとは協調関係を保っており、一見相容れない2つの方向性を有しているため、研究の中心的な研究対象に据えている。平成29年度は、次の2つのテーマを軸に研究を行った。①コマーシャリズムに対する作家の同調と抵抗についての考察と、②コレクターおよびパトロンがもたらす影響力についての分析である。 まず、①においてはモリスが反体制的な活動に至るまでの経緯を探った。1970年、モリスは政治的な信条のために、ホイットニー美術館で行われる予定であった個展をボイコットしたことで、「アート・ストライキ」の主導者に祭り上げられた。しかし、このような政治活動の動機には反戦思想だけでなく、美術界の抑圧的な構造と慣例化されたパトロネージに対する反感にもあったことが分かった。だが一方で、1960年代後半のモリスは、コレクターの収集品に相応しい頑丈な素材による「ミニマル」彫刻の再制作によって、積極的に友好関係を築いていた。モリスはパトロンへの不信感を募らせながらも、コマーシャリズムとも上手く折り合いをつけていたのだ。 次に、②の研究においては、ミニマル・アートの主要なコレクターとして知られるジュゼッペ・パンザが、作家の承認なくコレクションの作品を再制作した問題を契機として、この出来事に対して最も強い抵抗を示したドナルド・ジャッドと、コレクターと衝突することなく、作家不在の再制作を容認していたモリスを比較することで、モリスが当時同じカテゴリーに括られていた作家たちとは異なる、独自の考えを有していたことを詳らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
平成29年度はまず、上記①コマーシャリズムに対する作家の同調と抵抗についての研究を進めるため、昨年度にワシントンD.C.のスミソニアン博物館にあるアーカイヴス・オブ・アメリカン・アートにて収集した資料の検討を行った。その成果をもとに、大阪大学文学研究科文化動態論専攻アート・メディア論研究室の紀要である『Arts & Media』で、「ロバート・モリスのアート・ストライキと美術市場」と題した論考を発表した。また、②のコレクターおよびパトロンがもたらす影響力についての調査を行うため、ロサンザルスのゲッティー・リサーチ・インスティテュートを訪れ、ジュゼッペ・パンザ・アーカイヴをはじめとした一次資料の調査を行った。また、イタリア、ヴァレーゼにあるパンザの邸宅であるヴィラ・パンザ、またパリのポンピドゥー・センターのアーカイヴへの赴き、長期調査を行った。これらの海外での調査成果をまとめ、大阪大学大学院文学研究科芸術学・芸術史講座の紀要である『フィロカリア』に、「再制作にみる独自性についての試論―コレクターとの関わりから―」と題した論文を発表した。本研究は当初の計画以上に進展しているため、今後は新たな研究課題を定める。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は、ミニマル・アートと美術市場という大きなテーマを構成する3つの研究課題に同時並行で取り組む。昨年度まではロバート・モリスを主たる研究対象としたが、今後はモリスに加え、それぞれの研究課題の必要に応じて様々な作家の活動に言及する。研究課題のうち、まずは、①ミニマル・アートとそれに続く美術動向の形成に画商が果たした役割についての研究である。本研究では主に、ポップ・アーティストの国際的な知名度の獲得に尽力したことで知られる画商レオ・キャステリと、コンセプチュアル・アートの売買契約書のフォーマットを作成し、作品の権利問題にいち早く着目していたセス・ジーゲローブを論じる。次に、②キュレーション黎明期におけるアーティストとキュレーターの対立とその社会背景についてのけ研究である。ここでは、1972年にハラルド・ゼーマンがディレクターに任命されたドクメンタで、モリスやカール・アンドレを含む10名のアーティストが出品を拒否した問題を取り上げ、芸術労働者連盟や「アート・ストライキ」など、ベトナム戦争や美術界の抑圧的構造に反旗を翻した1970年前後の作家たちの活動とどのような影響関係にあるかを考察する。そして最後は、③コンセプチュアル・アートと美術市場の関わりについての研究である。29年度は、ジャッドやアンドレ、フレイヴィンら、ミニマル・アーティストと呼ばれる作家たちがジュゼッペ・パンザと結んでいた契約について調査したが、パンザが同時期にレオ・キャステリ・ギャラリーから購入していたブルース・ナウマンやジョセフ・コスースの作品については深い分析をすることができなかった。本来、貨幣経済やマーケットとは相容れないはずの性質をもった観念的でエフェメラルな作品が、画商やコレクターの働きかけによってどのように美術市場へと投下されていったのかを調査したい。
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