本研究では、カメルーンの狩猟採集民バカの子ども―大人間相互行為に見られる「発話共有」現象(聞き手が話し手の発話の一部または全体をくりかえす現象)に注目し、バカの子どもの言語社会化過程を描き出すことを目的としてきた。 バカの子どもの社会化過程には、彼らの独立性や主体性を後押しし、自らの責任にもとづき行為・発言をすることを達成点とする従来の社会化とは別の過程が組み込まれているのではないかとする仮説を立てた。その仮説の実証には至らなかったものの、多様な文脈における「くりかえし」発話の分析結果から、むしろ子どもの話者としての主体性が強く主張されないような仕方で、彼らの発話がくりかえされるという言語環境の特徴が見られた。具体的には発話者としての子どもの主体性が、大人などの周囲によって過度に引き立たせるわけではなく(例えば引用符を用いて子どもの発話として切り出す、など)、またくりかえす大人も自らの発話者としての主体性を強調するやりとりをあまり生起させないといった点であった。 子どもは大人をはじめとする周囲と共に生業活動や家事仕事に従事する中で、知識、技能を身に付けるが、両者は「教え―教えられる」あるいは「大人―子ども」という限定的な関係へと互いをつなぎとめられるわけではなく、多様で重層的な関係を形成していた。バカの子ども―大人間相互行為に見られる「発話共有」は、こうした重層的な関係の形成に一役買っている。 「個人の自律」や「対等性」といった狩猟採集社会と強い結びつきのあるこれらの規範が、子ども―大人間相互行為に実際にどのように埋め込まれているのか、またそうしたやりとりから子どもは何を経験しているのか。本研究ではくりかえしをめぐる相互行為に着目することで、これらの規範を獲得しようとする彼らの社会化過程の一側面を捉えることができたといえる。
|