研究課題/領域番号 |
17J02078
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
山城 貢司 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(PD)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
|
キーワード | 仮現論 / グノーシス主義 / 初期イスラーム / 中世ユダヤ哲学 / 技術論 / 時間論 |
研究実績の概要 |
1 イスラーム伝統において、アラビア語の単語mi‘rajが預言者ムハンマドの神秘的天界上昇を表すのに用いられる理由が、(a) 天国と地上が宇宙的階梯によって結ばれているという世界観 (b) 預言者ムハンマドによるvisio Deiの可能性、という二つの神学的トポスを背景にしてのみ理解可能であることを示した。また、これらの神学的トポスがクルアーン自体に反映されている最初期のイスラーム思想に由来することを文献学的分析によって明らかにした上で、類似のユダヤ教伝承との比較考察を行なった。最後に、以上の議論に基づき、ミウラージュ伝承の発達について新たな見地を提示することを試みた。 2 まず初めに『アダムの黙示録』の成立史を文献学的な手法によって解明した。これによって、『アダムの黙示録』が、「アダムとイブの生涯」と「セトの黙示録」という二つの資料と最終編纂者による加筆部分から構成されていることが判明した。続いて、この知見に照らして、『アダムの黙示録』におけるアイオーン論・救済史観・神話的構造(及びそれらのユダヤ的背景)について詳細に分析した。その際、セト派グノーシス主義における洗礼儀礼の位置付けに特に注意を払った。最後に、最終編纂者の手になると見られるグノーシス的救世主の由来についての従来ほぼ未解明だった謎歌(「13の王国の讃歌」)について、シンクレティズム的観点から体系的な説明を与えた。 3 身体の延長としての道具の使用によって可能となった現象学的意味での時間抱握は、同時に神話生成と暴力の起源でもある。このテーゼの根拠づけと展開のうちにおいてこそ、アブラハム的一神教における身体性と救済思想の関係は考察されねばならない。このようにして、西洋キリスト教思想の終着点を、技術文明に内包された終末論の問題として論じることが可能となるであろう。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の最初の五ヶ月は、東京大学イスラム研究室を拠点として、研究論文執筆のための予備的スケッチと補足的な資料読解に従事した。その大半の期間において、受入研究者にあたる菊地達也准教授が海外出張のため日本にいなかったのが残念だったが、全体として有意義な時間が過ごせた。本年度の残りの七ヶ月は、客員研究員としてフランスのECOLE PRATIQUE DES HAUTES ETUDESに所属しつつ、主として論文執筆に精力を傾けた。パリ滞在の主要目的の一つであった研究者との交流が大変実り豊かなものになったことは特筆にあたるだろう。特に、EPHEでのホスト役を務めていただいたMohammad Ali Amir-Moezzi教授からは、原典の解釈・論点の先鋭化・参考文献の確認などについて多大な教示を受けた。また、同研究所のJean-Daniel Dubois教授とは、専門のグノーシス主義研究に関連した貴重な議論を交わすことができた。最高水準の学識を誇る国際的な研究者とのこうした交流によって、執筆中の研究論文を多角的に見直すことが可能になったのは疑い得ない。 本年度の主要目標は、前年度に遂行された論文執筆のための準備作業を継続しつつ、当面の研究成果を具体的な形で発表できるまでの水準にまで高めることであった。 結果としてある程度の目標達成には成功したと言えるが、予定していた論文投稿の本数(3本)には届かなかった。とはいえ、受理にまで至らなかった研究論文についても、時間をかけた分だけ内容を充実させることができたので、若干の予定の遅れを一概に否定的に評価するには当たらないと思われる。来年度中に仕上げるべき残りの諸研究についても、大体の目処がたったのは大きな収穫といえるだろう。 以上に鑑みて、現在までの進捗状況をおおむね順調に進展していると評価する。
|
今後の研究の推進方策 |
ポスドク研究の最終年度に当たる来年度は、基本的にこれまでの研究の結果をまとめることに集中したい。本年度中に完了しなかった2論文を完全な受理の状態にまでもっていくことが、最優先課題となる。 その後、本研究プロジェクトの締め括りとして、以下の二つの研究の完成に全力を注ぎたい。(1)イスラームの成立におけるユダヤ=キリスト教的要素の問題(2)偽メシア=サバタイ・ツヴィの秘伝的カバラー教説の再構築。(1)においては仮現論のイスラーム的変容が、(2)においては同異端説の神秘的ユダヤ教における展開が、(それ以外の諸論点とともに)論じられるであろう。 これらに加え、未出版の博士論文の改稿のための準備作業を並行して行う予定である。この関連で、ポスドク研究の中心的課題である初期キリスト教仮現論の歴史の解明とそこからの派生的論点であるアブラハム的一神教における悪の起源論に関する考察に力点が置かれる。ここで得られた着想や発見を博士論文の改訂版に順次組み込みつつ、最終的な出版の目処をつけたい。
|