本年度は上皮細胞の集団遊走時にMAPキナーゼ分子であるERKの活性化が遊走先導細胞から後続細胞へと一方向的に伝播する機構について解析した。昨年度までの研究により、細胞伸展によってERKが活性化し、このERK活性化が細胞収縮を引き起こし、さらに隣接細胞の伸展を引き起こすというサイクルを繰り返すことによって、ERK活性化が伝播することを明らかにした。しかし、先導細胞から後続細胞への一方向的な伝播を説明するには至っていない。そこで、細胞は異方的に形態変化をすることで、非対称なERK活性伝播が実現されるという仮説を立て、これを検証した。 まず、集団遊走時の個々の細胞の形態変化の詳細な解析を行った。これにより、個々の細胞は等方的ではなく、集団遊走の方向に異方的に伸展・収縮を繰り返していることが分かった。また、免疫染色により、集団を構成する個々の細胞は集団遊走が進行するにしたがって、集団遊走の方向へと前後極性を示すようになることが明らかになった。こうした細胞の極性形成とERK活性の一方向的な伝播との関連を明らかにするために、細胞の前後極性に関与する低分子量Gタンパク質であるRac1やCdc42を発現抑制した細胞でERK活性の観察を行ったところ、ERK活性伝播の一方向性が損なわれた。このことから、細胞の前後極性依存的な異方的な形態変化により、ERK活性の一方向的な伝播が実現されていることが示唆された。次に、個々の細胞の極性が集団遊走方向に向く機構の解析を行った。種々の薬剤や光遺伝学技術を用いた解析により、ERK活性が伝播すると、その伝播と逆向きに個々の細胞の前後極性が整列することが分かった。以上のことから、細胞の前後極性の整列とERK活性伝播が協調的に広がっていくことで、長距離にわたる細胞間情報伝達が実現されていることが明らかになった。
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