本研究では,一部のNBHF種の発音器官に消音器様の構造があるのではないかという着想を得た。この「消音器仮説」の検討を行うために,以下の3種類の研究を行った。 1) ひだ状構造周辺におけるクリックス伝搬経路の検討 NBHF種のネズミイルカ,イシイルカについて,ひだ状構造周辺の音響インピーダンスの分布から伝搬経路を明らかにした。その結果,ひだ状構造内における音の伝搬は,自動車のマフラー等に用いられているサイドブランチ型消音器に類似していることが音響学的にも示唆された。 2) NBHF種とWB種の頭部を用いた周波数応答の測定 ひだ状の前庭嚢をもつNBHF種のネズミイルカと,もたないWB種のカズハゴンドウについて,頭部の周波数応答を明らかにした結果,ネズミイルカの頭部のみがWB波をNBHF波に変えることができると考えられた。 3) 解剖所見に基づいた周波数帯域の決定に関わる部位の推定 現存する全てのNBHF種を文献調査より明らかにし,申請者が所持するイルカのCTデータおよび先行研究の知見から,NBHF種の発音器官に共通する構造の有無を調べた。解剖学的所見が存在するNBHF種8種のうち6種が前庭嚢および音源周辺にひだ状構造をもつことが確認された。ひだ状構造をもつWB種は存在しなかった。 以上の結果から,NBHF種の頭部そのものがクリックスをNBHF化できる可能性があり,ひだ状構造内における音波の挙動はサイドブランチ型消音器に類似しているのではないかという予想は,音響学的に妥当である可能性が高い。一方で,NBHF波の生成方法は単一の機構では説明することができないという新たな知見が得られた。
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