戦後日本においてキャリアの過程で転職を経験することがその後のキャリアに対していかなる影響をおよぼすのかを、男女による違い、さらには時代による違いに着目して検討した。企業内部の労働市場とそこでの長期雇用を前提とする日本の労働市場において、転職経験はそれを通じてよりよい仕事に転じるというよりはむしろ、全体としてはより周辺的な地位、不安定なキャリアへと転ずる契機となっていることが示された。そしてその構造は、高度成長期以降現代に至るまで大きく変化していないということを確認するに至った。その一例として職業キャリアに対する転職経験の影響についてみると、転職を経験した者はその後のキャリアにおいて専門職や管理職といった中核的な地位に就く確率は低くなり、他方半熟練職やサービス職、あるいは非正規雇用といったどちらかといえば周辺的な地位に就く確率が高くなることが確認された。転職を経てより安定的な職場へと定着できるようになるのかという側面からその長期的な影響を検討したところ、転職経験によってマッチングを改善しうる一方で、その後離職あるいは失職を重ねやすくなる、という累積的な不利の側面も持ち合わせていることが男女ともに確認された。とくにマクロな経済状況の変化のなかで意に沿わず転職を余儀なくされる場合は増えつつあり、このことはキャリアの過程で安定性の格差が維持拡大されるようになっているという可能性を示す。ただし転職経験とひとくちに言ってもその内実は多様である。その例として賃金への影響をみると、キャリアアップを求め自発的に転職した者は転職の前後で賃金を上昇させるのみならず、その後それ以前よりも高い賃金の伸びを経験していた。ただしそのチャンスは正規雇用の仕事から正規雇用への仕事へと円滑に移行した少数のグループに限られており、全体として転職は賃金を引き下げ、さらにその後の賃金の伸びをも抑制する契機であった。
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