研究課題/領域番号 |
17J02602
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
徳納 吉秀 東京大学, 工学系研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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キーワード | 細胞外電子移動 / 生物電気化学 / 鉄還元細菌 / フラビン / 生細胞 |
研究実績の概要 |
酵素反応速度は、反応の機構解明に資する基礎学問的重要性に加え、創薬における薬剤効果の重要な指標となる。そのため、単離精製した酵素を用いた反応速度測定が長年にわたり行われてきたが、単離精製に伴う労力に加え、単離精製条件や測定条件により反応速度に大きな乖離が生じうるため、生体内で直接的に酵素反応速度を得る手法の必要性が高まってきている。 本研究では、細胞外電子移動(EET)と呼ばれる電極と細胞内の間での電子伝達を可能とする微生物シュワネラを用い、生細胞内の酵素反応で使われた電子の量を直接電極へ出力することで、電気シグナルにより酵素反応速度を定量する技術の確立を目指す。シュワネラは大腸菌と同等の高い増殖速度を有する取り扱いが極めて容易な菌体であるため、本技術により多様な生細胞内酵素反応の追跡が可能となれば、多くの酵素学、生物物理学研究を飛躍的に進める基盤技術となることが期待できる。 当該年度では、本酵素反応速度測定法のコンセプトを立証するため、シュワネラ菌が細胞内に元来有する酵素の反応速度の追跡を試みた。EETを利用した本手法により細胞内の特定の酵素反応を追跡したところ、既報の単離酵素の反応速度と極めて近い速度定数が算出され、本測定法が生体内の酵素反応速度を反映することが強く示唆された。今後は、遺伝子工学的手法を用いることで、シュワネラの元来発現する酵素に限らない、多様な酵素反応を追跡できる基盤技術へと展開させることを予定している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本酵素反応速度測定法のコンセプトを立証するため、シュワネラ菌が細胞内に元来有する酵素の反応速度の追跡を試みた。EET経路を形成し、細胞内の亜硝酸還元酵素であるNrfAの反応速度を追跡すると、亜硝酸還元に対応した還元電流値が観測された。そこで、観測された定常電流値が反応速度に対応すると仮定し反応速度定数を算出したところ、ミカエリスメンテン定数(KM)は55 μM、阻害定数(Ki)は20 mMとなった。驚くべきことに、これらの値は既報の単離NrfAと極めて近い値であり、本測定法が生体内の酵素反応速度を反映することが強く示唆された。 このように期待通りの結果が得られ、計画に従って研究を進展させることができた一方で、当初は想定していなかった結果までも得ることに成功した。細胞内フマル酸還元酵素であるFccAに対して上記手法を適用すると、既報の単離酵素よりも約100倍大きなKM値が得られたため、生きたシュワネラ菌そのものを用いた様々な分光手法を利用しその原因を追究した。すると、その原因こそ明らかにならなかったものの、分光法の一つである円偏光二色性をシュワネラ菌に対して測定した際、偶然にもEET経路の一部である外膜シトクロム(OM c-Cyts)が極めて高いシグナルを有することを発見した。円偏光二色性はOM c-Cyts内ヘムの絶対配置を反映したスペクトルを示すことから、生きたシュワネラ内のOM c-Cytsの構造を追跡できる可能性がある。そこで単離したOM c-Cytsのスペクトルと比較すると、生細胞内OM c-Cytsのソーレー帯シグナルの形と強度が大きく変化していることが分かった。これは、生細胞内OM c-Cytsのヘム配置が単離状態と明確に異なることを示しており、生体内でのタンパク質の構造と機能を追究する極めて重要な知見と技術であると言える。
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今後の研究の推進方策 |
遺伝子工学的手法を用いることで、シュワネラの元来発現する酵素に限らない、多様な酵素反応を追跡できる基盤技術へと展開させる。目的酵素をコードするプラスミドをシュワネラに導入し反応速度を追跡することで、シュワネラを酵素反応測定のためのプラットフォームとして発展させる。具体的には、創薬分野で分子ライブラリーとして用いられるシトクロムP450を発現させ、購入可能である単離精製されたシトクロムP450の反応速度と比較することで、基盤技術としての有用性を議論する。また、測定の成否に直接影響を与えうる、シュワネラの遺伝子発現変化を定量するために必須となるマイクロアレイの外注を行う。 偶然にも明らかになった円偏光二色性による生体内OM c-Cyts構造追跡技術は、これまでに確立されてきた細胞内タンパク質構造を追跡する手法に比べ、極めて短時間で測定が可能である。そのため、本手法を用いてタンパク質の経時変化や動的な変化を追跡することで、生きた細胞内のタンパク質と単離されたタンパク質の性質の違いをより詳しく検討していくことを予定している。
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