本研究は、これまで個別論的に考えられてきた大気―水―岩石間の相互作用を統合することにより、火星が経験した環境変動過程を解明すること目的とした。今から約35億年前を境に火星の表層環境は、還元的で地表に液体の水を湛える環境から、酸化的で寒冷かつ乾燥した姿へと大きな環境変動を経験したことが近年の探査によって明らかになってきた。しかし、その変動の過程は未だ明らかになっていない。惑星が地表に水を有する環境から乾燥化する過程とメカニズムを理解することは、地球の環境変動や系外惑星における生命存在可能性を議論する上でも重要である。
本研究では始めに、火星の水環境のpHの低下(酸性化)に着目した。先行研究では酸性化は、表層水に含まれる溶存二価鉄が太陽光によって酸化される反応(光酸化反応)で説明可能とされていた。しかし、計算に用いられていた光酸化反応の反応速度定数は、酸性条件における測定値を中性まで外挿して用いているという問題があった。また、35億年前の火星において酸性化をトリガーしたメカニズムが何であったかも分かっていなかった。そこで、光酸化反応について幅広いpH条件において室内実験を行い、反応速度のpH依存性を定式化することに成功した。また、反応に用いる光のスペクトルを変化させた実験を行うことで、酸性化が太陽光スペクトルの変化でトリガーされ得ることを実験的に示した。これらの結果から、35億年前に火星が経験した表層環境変動を説明し得る仮説を提唱した。酸性化と並行して火星が経験した酸化鉄鉱物の生成(酸化)についても研究を行った。かつて火星表層に存在した水の内、水素は宇宙に散逸したと考えられるが酸素の行方は未だに明らかになっていない。そこで、これまで見過ごされてきた大気中のラジカルとダスト間の化学反応に着目した。その結果、この反応が大気散逸を上回る酸素消費フラックスになり得ることを見出した。
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