研究実績の概要 |
電子の電気双極子モーメント(電子EDM)、スカラー-擬スカラー(S-PS)相互作用はCharge-Parity(CP)対称性が破れている物理現象であり、これらを発見することは、新規素粒子理論を構築するために重要である。電子EDM及びS-PS相互作用定数を決定するためには、常磁性系の物性である有効電場(Eeff)、S-PS係数(Ws)を高精度に求める必要がある。Eeff, Wsは相対論的理論計算のみで求められる。本研究課題では、(1) Eeff, Wsを高精度で求める計算手法を開発し、(2)電子EDM、S-PS相互作用を発見するための実験に適する分子を提案することを目的とした。該当年度では、(1)の基盤作成を行い、(2)では原子と分子のEeff, Wsの増加機構の違いを明らかにし、新規実験対象分子を提案した。 (1)波動関数の精度検証を行うために必要な超微細結合定数(HFCC)を、4成分相対論の枠組みで定式化した。また、HFCCの相対論効果を解析し、HFCCの相対論効果が1s軌道より外殻軌道(2s,3s,4s,…軌道)で増加する現象を、Dirac方程式の厳密解を用いて説明した。この現象が多電子系でも成り立つことを、4成分密度汎関数法を用いて示した。 (2-1)原子では2族系は12族系より大きいEeff, Wsを持つが、分子系では12族系は2族系より大きい値を持つことを発見した。その理由を、価電子s軌道とp軌道の混成の観点から説明した。 (2-2)実験対象分子としてSrF, CdFを提案し、現在論文を投稿中である。これらの分子は現在の実験対象分子より小さなWs/Eeff比を持つため、電子EDM及びS-PS相互作用定数を決定するために重要な役割を果たす。 次年度以降では、(1)ではQED補正項の実装を行い、(2)ではEeff, Ws, Ws/Eeff比のより詳細な解析を進める。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究計画の段階では、該当年度は重原子-重原子分子のEeff, Wsの解析を予定していた。しかし実際の研究では、軽い分子のWs/Eeff比が重原子分子より小さいことを世界で初めて見出し、SrF, CdF分子の提案を行った。現時点での実験が行われている分子は、YbF, HfF+, ThOの3種類であり、全て研究原子番号70以上の重元素を含む。本研究で初めて、実験における軽い分子の適正を見出した。軽い分子は計算コストが低いため、より高次の電子相関効果や相対論効果を取り込むことができ、結果としてより高精度な計算が可能になる。本研究により、新規素粒子理論を構築するための、実験分子の探索に重要な知見を得た。 電子EDMの分野では、長きにわたり(a)電場中に置かれた重原子と(b)重原子-軽原子型の極性分子は、ほぼ同じものとして捉えられており、(a)及び(b)におけるEeff, Wsの増加機構の違いは注目されていなかった。しかし本研究では、価電子s軌道とp軌道の混成機構に着目することで、(a)と(b)では、Eeffや Wsの増加機構が異なることを明らかにした。これにより、実験に適する系を探索するための重要な知見を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
上記の目的(2)については、上記の通り有用な結果が得られたため、次年度以降は主に(1)について取り組む。4成分相対論的電子相関法に、量子電磁力学(QED)の補正項を取り込む手法を開発する。プログラムは、相対論計算専用プログラムであるDIRACを使用する。具体的には、QED補正項の一つである自己エネルギー項をDIRACに実装する。自己エネルギー項の表式は、量子化学計算で使用される擬ポテンシャルの表式と似ている。本研究の研究目的はQED効果を考慮した相対論的分子計算手法を確立することであるが、開発したプログラムの動作確認に有用であるため、原子の対称性をDIRACに実装することも行う。次年度は、DIRACの主要な開発者の一人であるTrond Saue教授(フランス)の研究室に滞在して研究活動を行う。 (2)については、重原子-重原子分子におけるEeff, Wsの増加機構、及びWs/Eeff比の解析を進める。重原子-重原子分子は、軌道相互作用の観点から解析を行う。Ws/Eeff比の解析は、Flambaum, Bouchiatらが導出したEeff, Wsの解析式を用いて解析を行い、Ws/Eeff比に寄与する項の物理的意味を明らかにする。
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