研究課題/領域番号 |
17J03032
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
牧 功一郎 東京大学, 工学系研究科, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | バイオメカニクス / 静水圧 / DNA損傷 / 1分子 / 生物物理 |
研究実績の概要 |
軟骨細胞は,荷重による静水圧のもとで様々な生理的反応を示す.例えば,静水圧のもとでは幹細胞から軟骨細胞への分化が促進されることから,再生医療への応用が期待されている.一方,静水圧は細胞のDNA損傷や細胞死を引き起こす要因としても知られている.本研究では,静水圧負荷による細胞のストレス応答に対して,DNA修復応答が防御にまわる分子メカニズムを提案し,以下の仮説を力学的観点から実験的に検証している; (1)αカテニンが核内において損傷DNAを認識する.(2) αカテニンがクロマチンの凝縮(DNAの密な折り畳み)を誘導し,更なるDNA損傷を二重で防御する.クロマチン凝縮はDNA損傷を回避するための強力な手段であり,これによりストレス応答の抑制が強化されると期待される. H29年度は,仮説(1)「αカテニンが核内において損傷DNAを認識する.」を検討するため,その第一歩として,静水圧刺激を負荷した軟骨系前駆細胞ATDC5に対して,損傷DNAの評価を行った.さらに,仮説(2)「αカテニンがクロマチンの凝縮(DNAの密な折り畳み)を誘導し,更なるDNA損傷を二重で防御する」の検討のための準備として,原子間力顕微鏡(AFM)および全反射顕微鏡(TIRF)を組み合わせた新規実験系を構築した. その結果,静水圧の刺激は軟骨細胞のDNA損傷を誘導することを示した.また,張力作用下における分子の結合乖離を追跡する実験手法として,AFMとTIRFの組み合わせを提案し,国際学術誌において発表した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では,関節軟骨に存在する軟骨細胞を取り上げ,その力学感知機構を細胞‐細胞小器官-分子のスケールで統一的に明らかにすることを目的としている.研究実施前の検討では,軟骨細胞に負荷される力学的刺激として関節軟骨内に生じる間質液流れに着目していたが,所属研究室でこれまでに開発されてきた静水圧負荷装置の独自性および科学的インパクトの観点から,静水圧刺激に対する生理的応答に関する研究を進めることとした.関節軟骨においては,軟骨細胞は常に動物の自重や運動に起因した静水圧の刺激に晒されており,細胞の分化やダメージ性の応答と密接にかかわることが知られている. 平成29年度は,静水圧の刺激は軟骨細胞のDNA損傷を誘導すること,さらに,クロマチンの凝縮がDNA損傷を抑制する鍵となることを示した.本成果は,国際学会で2件,国内学会で3件の計5件の口頭発表において発表された.力学刺激のもとでのメカノセンサ分子の1分子レベルの生化学的特性変化を報告した論文は,国際学術誌Scientific Reportsに掲載され,生物物理学およびバイオメカニクスの分野で注目を集めている.さらに,当該分野における国際学術書Comprehensive Biomaterialsにも国際的協力を進めながら参加しており,共著者として掲載されている. 以上のことから,平成29年度の活動において,期待以上に研究が進展したものと考える.
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今後の研究の推進方策 |
現在,東京大学牛田研究室では,細胞用の静水圧負荷装置の開発を行うなど,機械工学的なアプローチから軟骨細胞の静水圧感知機構に迫っている.一方,本研究を進めるためには,プロテオミクスや免疫沈降法などの分子生物学的な実験技術が必要となる.特に,クロマチン構造キャプチャ法は,核内における遺伝子座の近接度を評価する最先端の実験手法であり,クロマチン構造のダイナミクスを理解する上で不可欠である.よって,H30年度は,ヘルシンキ大学に渡航し,東京大学との共同研究を現地で進める予定である.以下に渡航中の研究計画を示す. 1.細胞が発現している全てのタンパク質のセットを網羅的に解析するプロテオミクス解析を行う.静水圧を負荷した条件,および,負荷していない条件の細胞に対してプロテオミクス解析を行うことにより,静水圧の負荷によりどのようなタンパク質の構造および発現量に変化が生じるかを検討する. 2.正常の軟骨細胞とαカテニンをノックダウンした軟骨細胞に対して静水圧を負荷することにより,αカテニンが軟骨細胞のDNA修復に与える効果を明らかにする. 3.クロマチン構造キャプチャ(Chromatin Conformation Capture; Hi-C)によりクロマチンの3次元構造の時間変化をモニタリングする.はじめに,静水圧を負荷した正常の軟骨細胞において,クロマチンの凝縮プロセスを観察する.次に,αカテニンをノックダウンした軟骨細胞に対して同様の解析を行い,損傷DNAに結合したαカテニンがクロマチン凝縮に与える効果を明らかにする.
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