本研究では、カイラル反強磁性体Mn3Snのバルク単結晶から集束イオンビーム(FIB)により薄片化した微細素子を作製し、Mn3Snの素子応用に向けて異常ネルンスト効果と磁気ドメインの関係の解明を目指した。 バルク単結晶Mn3Snは自発磁化が非常に小さいにも関わらず、室温で強磁性体と同程度の異常ホール効果、異常ネルンスト効果を示す。Mn3Sn微細素子では、電流下では異常ホール効果によって磁気抵抗効果に非対称な成分が現れ、温度勾配下では、異常ネルンスト効果に由来する電圧の磁気ヒステリシスにステップ状の構造が現れることを観測した。また、温度勾配の大きさに依存して熱起電力だけでなく、保磁力も変化することを明らかにした。このことは微細素子化したMn3Snでは磁気抵抗効果だけでなく、異常ネルンスト効果によっても磁気ドメインの検出が可能であることを示唆しているため、今後の反強磁性体の磁気ドメインの評価に有効な結果を得ることができた。 一方で、Mn3Sn微細素子に複数の電極を作製することで、Mn3Snのカゴメ面に対して温度勾配が垂直、平行な場合では、どちらにおいても異常ネルンスト効果の電圧の磁気ヒステリシスにステップ構造が現れることを観測した。磁気ヒステリシスの符号と異常ネルンスト効果の電圧から、マイクロスケールの試料において磁壁の生じる方向の結晶方位依存性は小さいと考えられる。 また、酸化シリコン基板上にスパッタリング法を用いて製膜したMn3Sn薄膜素子に関しても、電気・熱電特性の評価と素子の最適化を行い熱電対列を作製した。 今後は、本研究で明らかにした単結晶Mn3Snの異常ネルンスト効果の知見を活かし、Mn3Sn薄膜を用いたスピン流変換現象の観測や熱電対列を用いた電圧の増強に向けて、微細素子の最適化と測定系の改良やシミュレーションと組み合わせた温度勾配の見積もりを行う必要がある。
|