本研究の目的は,ラットを対象に道具使用行動課題を開発し,その課題におけるラットの行動に寄与する脳領域を特定することで,ヒトの道具使用行動の神経基盤を解明するための動物モデルを提供することであった。すなわち,第1段階目として道具使用課題の開発を行い,第2段階目として特定脳領域の損傷がその課題での行動に与える効果を検証する必要がある。今年度は,第1段階目として,ラットの道具使用行動における能力を検証するとともに,ラット対象の道具使用行動課題を確立させることを目的とした。本年度実施した2つの実験では,ラットは,道具を引き寄せ,その道具が餌に接触した後に餌を獲得するという経験を経なくても,テストで餌の位置に基づいて道具を操作することができる否かを検証した。これら2つの実験の訓練では,熊手を横方向に動かさせる運動の訓練のみを行い,熊手と報酬を提示することは一切なかった。この手続きにより,道具が餌に接触し,餌が熊手の運動方向と同じ方向に動くということを知覚させないようにした。この訓練では,実験者は熊手を回収してから,直接,手で報酬を被験体に与えた。その後のテストでは,訓練で用いたものと同一の熊手を実験装置の中央に置き,餌を熊手の左横または右横に置いた。その結果,1つ目の実験では8匹中2匹,2つ目の実験では8匹中1匹の被験体が,テストで餌の位置に基づいて道具を動かすことができた。この結果から,ラットの中には,訓練で,道具を引き寄せ,その道具が餌に接触した後にその餌を獲得するという経験をしなくても,テストで,餌の位置に基づいて道具を操作することができる個体もいるということが示された。
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