研究課題/領域番号 |
17J03445
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
宮下 みなみ 慶應義塾大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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キーワード | ローベルト・ムージル / エルンスト・マッハ / 神秘体験 / 科学と文学 |
研究実績の概要 |
本研究はまず、自然科学的言説が神秘思想に接続していく思想の構造こそがR.ムージル作品を特色づけていることを、具体的作品分析を通じて明らかにした。たとえばムージルが自身の博士論文で扱った物理学者E.マッハは、個々の自我が精神的に合一することで立ち現れる超越的な自我の存在に関しても言及するなど、神秘思想との親和性を持っている。また、この視点からマッハとゲシュタルト心理学との接続点を見出すことも可能である。 さらに、ムージルの作品内にはH.E.ティマディンクやR.v.ミーゼスといった数学者の統計学や確率論との対峙の結果も潜在している。基本的に、統計や確率は人間から個性を取り去り均質化するものであり、数字は本来このような均質性を体現する。しかし逆にムージルは、数字の持つ具体的なイメージを喚起する力を引き出そうと努めていく。その際に意識されているのは、統計的数字の現実との対応や真正性ではなく、統計的数字が人間の感情にイメージとしてはたらきかける効果である。また統計や確率は、偶然と神意による必然性との間の葛藤という視点と結びつくことで、神秘的な体験とも関連付けられる。 以上のように、近現代の科学的言説はムージル作品において、人間のイメージや神秘体験との潜在的親和性を有する学問領域として重要な役割を果たす。このような神秘主義の伝統と最新の学問潮流を融合させるムージルのハイブリッド性に着目した本研究は、科学、哲学そして文学などの広い学問領域において新たな観点を提供することに貢献できたといえる。 さらに本研究は以上の成果を基に、ムージル作品において神秘的自己解体の体験が描き出される際、時間の複数性・並行性への感覚や、空間の脱中心化をめざす意識が重視されているという点に関して継続的に考察を進めている。このような観点は、映像表現とムージルの文体の照応関係を論究する際の重要な基盤となるものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
映像技術という本研究テーマのひとつに取り組むにあたり、当初から予定していたとおり、まず研究対象の中心であるムージルの伝記的事実関係の調査を実施した。その際特に、映像技術の発展を準備した19世紀半ばから20世紀前半の自然科学の言説に関して綿密な考察をおこない、この点に関して当初の計画以上の広がりを持った見識を得ることができた。さらにこれを基礎に、主に神秘思想と近現代科学の親和性という観点から、ムージル作品の新たな具体的解釈を国際シンポジウムでの口頭発表や国際誌掲載の論文というかたちで成果として発信していくことができたという点で、本研究は順調に進展しているといえる。 他方、メディア史・メディア理論に基づいたムージル作品の分析という研究課題に関しては、意欲的に資料分析を進めてはいるものの、複数の研究領域にまたがる包括的視点を重視しているため、成果発表にいたるまでにはなお数か月の時間を必要としている。
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今後の研究の推進方策 |
当初の計画に基づき、今後は引き続き以下3点の研究課題に取り組んでいく。 (1)ムージルの時代の映画の手法・特徴・受容をメディア史・メディア理論的に究明する。方法としては、当時制作された映像の具体的な表現形式を、まずは作品内在的解釈によって分析していく。さらには近代メディア研究の成果を参照していくことで理論的裏付けを得ながら、確実な解釈の論拠を構築していく。 (2)実証的資料の収集・分析を引き続きおこなっていくが、本年度は特に海外での調査を重視していく。具体的には、ムージル研究の中心地であるクラーゲンフルト大学や、ウィーン国立図書館、クラーゲンフルト市立ムージル・アルヒーフにおいて、日本国内で入手不可能な文献や映像作品の収集・検証に加え、手稿の調査も行う。 (3)中世神秘思想家のヴィジョン(幻視)の叙述における形象的表現に関する考察もさらに深めていき、近代新映像芸術の形象的表現やムージルの思想や作品との関連性をより明確に論証していく。
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