研究課題/領域番号 |
17J03957
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
粟屋 直 東京大学, 経済学研究科, 特別研究員(DC1)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
|
キーワード | 計算機統計 / 金融時系列 / 状態空間モデル / 逐次推定 |
研究実績の概要 |
本研究課題における目標は,状態空間モデルと呼ばれる時系列データの発生メカニズムを説明するためのモデルについて,計算機を用いた効率的な推定手法を提案することであった.この目標について,以下に記すような成果が得られた. まず,広範な状態空間モデルに適用可能な,ローリング推定と呼ばれる推定の枠組みを実行するための計算統計的手法の提案を行った.ローリング推定とは時系列データを発生させる構造の推移を描写するための方法であり,これを実行するために,近年研究が盛んに行われている逐次モンテカルロ法と呼ばれる計算統計の手法に基づいた手法を開発した.この提案手法を確率的ボラティリティモデルと呼ばれる金融時系列データを分析するためのモデルに適用し,数値実験により推定対象となる要素を精確に推定できることを確認した.その上で実際の金融時系列のデータ,具体的には米国債券市場の主な指標であるS&P500のデータの分析を行い,2000年以降の米国債券市場における経済構造の変化を明らかにすることに成功した.オンライン推定を効率的に実行するための計算手法はこれまで提案されておらず,故に本研究の意義は大きいと考えられる. また,提案手法を発展させることで,オンライン推定と呼ばれる,定期的に新たなデータが得られる状況下における分析を効率的に行う手法を開発した.この新手法について,上述の確率的ボラティリティモデルについて数値実験を行い,オンライン推定のための従来手法よりも高い精度で観測されない要素を推定する能力があることを確認した.オンライン推定についてはこれまで多くの分析手法が提案されており,金融データの分析等,実際の応用の場面で有用な推定の枠組みであるために,そのような分析を高い精度で行うことを可能にした本研究は有意義であると言える.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目標は,計算機統計と呼ばれる統計学の分野における,「ローリング推定」,「オンライン推定」と呼ばれる推定手法の提案であった.この課題について,2017年度の研究においては,これら推定を実行するアルゴリズムを開発し,数学的手法を用いて正当化を行うことに成功した.また,人工的なデータ,実際の債券市場のデータを用いた分析を通じ,提案手法の有用性を確認することにも成功した.故に,研究目標を十分に達成する成果が得られたと考えられる. またこれまでの研究は英語論文の形にまとめ,統計学の著名な国際学術誌であるJournal of the Royal Statistical Society: Series Bに投稿し,数値実験の実施方法や,提案手法の理論的側面についてのコメントを得た.論文の採択にまでは至らなかったものの,国外の専門家のコメントによって,研究をより発展させるための明確な方針が与えられたことの意義は大きい.
|
今後の研究の推進方策 |
まず第一に,数値実験による提案手法のパフォーマンスのさらなる確認が必要である.これまで得られた実験結果により提案手法はローリング推定やオンライン推定において先行研究よりも効率的に推定を行う能力を持つことが十分に期待できる結果を得ているが,より説得力のある結果を得ることにより,提案手法が多くの分析の現場において利用されるものとなることを目指す. また第二に,適用できるモデルの範囲を拡大することが目標となる.既にこれまでの研究により,提案手法は状態空間モデルと呼ばれるクラスのモデルについて,弱い制約のもとで適用可能であることが理論的に示されている.また実際に数値実験を行うことにより,推定が困難な状態空間モデルである確率的ボラティリティモデルを用いた分析が可能であることが示されている.しかし他の金融時系列モデル,例えば最近入手が容易になった高頻度データの分析に用いられるモデルを用いた分析については未検証であり,人工データや実際の債券市場のデータを用いたパフォーマンスの検証を行う必要がある.またその先の課題として,これら他のモデルを用いて分析を行うことにより,債券市場の構造を様々な視点から明らかにするという目標も存在する.
|