今年度は,「1.前年度に行ったローリング推定に関する研究の発展」と「2.金融時系列データ分析のための粒子フィルタを用いた既存手法の改善」に取り組んだ. まず前者について,ローリング推定とは時系列データを生成する構造,例えば金融市場の構造の変化を定量的に観測するための手段であり,去年度はその推定を効率的に行うための計算統計学的手法を提案した.前年度は米国債券市場の構造変化の分析を行ったが,今年度は日本の債券市場の分析を行うプログラムを作成した.分析の結果,2008年のリーマン・ショック前後において日米の市場ではほぼ同様の構造変化が生じていたことを明らかにした.この成果は,日米の経済構造の変化を,モデルのパラメータの値に生じた変化として,明確な形で観測,比較したものとして大きな新規性を持つと言える. 次に後者について.時系列データの分析において,新たなデータ(例えばその日の株価のリターン)が得られる度に観測されない要素についての認識を更新する分析をフィルタリングと呼ぶ.特に金融時系列分析で用いられるような複雑なモデルの分析を行う場合にはこのフィルタリングは難しい問題となり,この問題に対しての計算統計学的なアプローチの一つが粒子フィルタと呼ばれる.金融データのモデルのための粒子フィルタの手法は既存研究によって提案されていたが,数学的正当化の議論を欠いていた.そこで本研究では,この既存手法を改良した上で,数学的な正当化を与えた.そして,人工的に発生させたデータを用いたパフォーマンスの評価を行い,新たな提案手法によって精確な推定結果が得られることを確認した.本研究は金融データに基づいた分析や予測のための信頼できるツールを与えるものであり,その点で大きな意義を持つ.
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