本研究は20世紀前半の日本の新生児医療に関する社会医学史研究である。主たる一次史料として、1938年に東京郊外で実施された「滝野川区健康調査」を用いた。まず、分娩関連費用の分析から、新生児の出生の状況を検討した。また、新生児・乳幼児(5歳未満児)の傷病時の医療費の内訳を分析し、家庭の治療選択の状況を検討した。さらに、当該の健康調査を国際的な文脈に位置づけたときの特徴を検討した。得られた知見は、2018年度のAmerican Association for the History of Medicine 年次総会(ロサンゼルス)で口頭発表したほか、2018年12月刊行の英文誌 Social Science Diliman 14(2):1-25のアジア医学史特集の一部として掲載された。内容の概略を以下に示す。 (1)「滝野川区健康調査」の調査対象家庭に誕生した全ての児は、出生時と新生児期に、医療の専門職(産婆または医師)による標準化されたケアを受けていた。大部分の児は産婆の立ち合いのもと自宅で誕生したが、富裕家庭では大学病院や産院などの施設分娩が選択された。 (2)新生児・乳幼児(5歳未満児)に傷病が発生した際、最も頻繁に利用された治療手段は市販薬(家庭薬、売薬)であった。医師を受診した場合の平均的な医療費は、市販薬のみの加療に比べて約10倍であった。5歳未満児は、他のすべての年齢階層と比較して、医師受診率が最も高かった。 (3)20世紀前半には、世界各国で様々な健康調査が実施され、「滝野川区健康調査」もその潮流の中にあった。「滝野川区健康調査」の実施者は、子どもの疾病を保健国策上の勘案事項と捉えつつ、家庭における母親個人の責任を重視していた。 なお、上記の結果の理論的検討と先行研究の渉猟にあたっては、英国の医学史専門図書館Wellcome Libraryでの文献調査が有用であった。
|