研究課題/領域番号 |
17J04603
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
飯田 賢穂 新潟大学, 人文社会科学系, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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キーワード | ジャン=ジャン・ルソー / プラトン / 正義論 / 手稿研究 / 生成研究 / 『社会契約論』 / 『エミール』 / 『国家』 |
研究実績の概要 |
人民主権論を理論的に説明したジャン=ジャック・ルソーの主著のひとつである『社会契約論』は、刊行版とその草稿(通称『ジュネーヴ手稿』)とで大きく改訂されている。この改訂の理由のひとつは1757年以降の(特にドゥニ・ディドロとの)論争の中で形成されたルソーの正義論にあると考えられる。この正義論を形成する上でルソーが依拠した文献のひとつが、プラトンの『国家』第1巻・第2巻であった。本研究の目的は、『社会契約論』に結晶化する1750年代後半におけるルソーの正義論の論争的形成過程を、ルソー所蔵のプラトン全集中の書き込みやその他の手稿を分析し、生成研究の手法を用いて明らかにすることである。本研究における最大の問題は、一次資料に関するものである。プラトン全集中の書き込みを筆頭に、本研究で扱う手稿はこれまで活字化されてこなかった。研究対象となる手稿は以下の通りである(いずれも電子画像を入手済みである)。 (1)プラトン全集中書き込み(2)『我が肖像』(3)『道徳書簡』(4)『ジュネーヴ手稿』(5)『エミール』第一草稿、通称『ファーブル草稿』(6)『エミール』第二草稿、通称B草稿 なお、『エミール』の二つの草稿を分析することの重要性は、第一草稿から第二草稿への改訂作業が、『ジュネーヴ手稿』の改訂作業と重なっている点にある。それだけでなく、両著作の草稿の法について論じた部分は、どうやら同じメモ群(未発見)を参照しながら書かれていると推測される。同じメモ群を参照しているにも拘わらず、それらをどのように配置するか、どのような説明を加えるかといった議論構成の点で、両著作の草稿はかなり異なっている。本研究では、この両者の相違を著者「ルソーの模索の痕跡」として捉え、精査してきた(未完遂)。 平成30年度の段階では、ルソーのこの模索は完全にアポリアに陥っていたということを実証した(具体的には「現在までの進捗状況」を参照)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2018年度の段階で、主要研究対象となるルソーの手稿6種類すべての電子画像資料を入手することができた。また2018年度で特に有益だったことは『ジュネーヴ手稿』現物へのアクセスが許可され、これを精査することができた点である。その結果、同手稿の構造および執筆過程を具体的なかたちで明らかにすることができた。この点で研究進捗状況はかなり順調に進んでいると言える。 研究上の問題は、『エミール』のF草稿、B草稿の複雑さにある。両者にはプラトンに由来する「分配的正義」の思想の影響がある箇所がある(以下参照)。だが、F草稿からB草稿への推敲過程の構造およびルソーの筆致が非常に複雑であり、分析に手間取っている。両草稿の分析進捗状況を考慮に入れると、本研究の全体的な進捗状況は「おおむね順調」と評価できるだろう。 【分配的正義について】 法および正義をめぐるルソーの思索は二つの立論が平行状態にあった。 (1)「自然法概念は正義論を根拠づけるためには役に立たない」→「正義は人為的な法によって成立する」→「社会契約が正義を成立させる」(2)「賞罰と結びついた損得感情と、正義にそれが正義であるがゆえに従う義務感とは別なものとして説明されなければならない」→「伝統的自然法論が採用していた『心に刻まれた法』のテーゼは正義論を成り立たせるために必要なのではないか」(1)と(2)に加えて、ルソーが一貫して重視していたのが(3)「各人に属するものを当人に分配すること」といういわゆる「分配的正義」の定義である。「分配的正義」は、論敵であるディドロが『百科全書』項目「自然法」で批判して以来、ルソーがこの批判を論駁しようと幾度となく取り上げてきた定義でる。『我が肖像』断片22が示しているように、ルソーは、この定義の起源であるプラトンの『国家』第1巻・第2巻を参照しながら「分配的正義」について考察していた。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究課題は、これまでの研究成果(論文・口頭発表等)を体系的にまとめることである(これまでの研究成果の詳細については項目「研究発表」を参照)。このまとめは4部構成になる。 (1)1750年代のルソーとディドロら論敵との論争に関する部分。a)『ジュネーヴ手稿』の形成過程をルソーと出版者レイの間で交わされた書簡から復元。b)論敵との論争→『我が肖像』断片22の分析(プラトン『国家』第1巻・第2巻の議論との関係) (2)ルソーと自然法論の伝統。『百科全書』項目「自然法」(ディドロ執筆)の分析。『ジュネーヴ手稿』fol.63裏面の分析。『エミール』草稿における所有権に関する箇所の分析。 (3)ルソーの社会契約説。『ジュネーヴ手稿』第1巻第2章から第3章への論展開の分析。『社会契約論』第2編第3章における「一般意志」論の分析 (4)ルソーの「市民宗教」論の分析。a)ルソー的社会契約説における超越性の要請。b)『ジュネーヴ手稿』にある「市民宗教について」の章のメモ書き分析。c)『社会契約論』第4編第8章「市民宗教について」の分析→論構造と発展的読解。
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